幸せの色は何色か
南の国境地帯に於ける大規模討伐依頼も終盤を迎えた。既に魔物の湧きはピークを越えているので、掃討戦は取り立てて困難はなく順当に進んでいる。
彼方此方で魔物と冒険者達が対峙する中を、ヒューイに乗って駆け抜ける。かなり奥の方まで進み、他の冒険者が見当たらない辺りまで来ると、群れ単位で近付いて来る虫に目を留めた。前肢に鋏を持ち、尾に刺のある殻の硬そうな奴だ。
「ヒューイ、あの虫の群れをやるぞ」
いつものように討伐の指示を出すが、ヒューイの反応が芳しくない。さも嫌そうに、眉間に皺を寄せている。
「もしかしたら、虫が嫌?」
ステフに言われて首を傾げるが、実際にヒューイは虫の討伐に動こうとはしなかった。とりあえず、虫の群れにはルーイを向かわせる。
「ルーイ、連中をブレスで一掃してくれ」
「ギャオー♪」
ルーイはノリノリで虫の群れを片付けた。ヒューイには、新たに現れた蜥蜴の群れを当てる。蜥蜴達は鱗の光る長い躰をくねらせながら、砂煙を上げてこちらへ迫って来た。
「ヒューイ、今度は我が儘言うなよ? あの蜥蜴の群れに行くぞ」
ヒューイはフンッと鼻息を荒くして、気合い充分に蜥蜴の群れへと突っ込んで行く。あっという間に蜥蜴を蹂躙してしまった。
「やっぱり虫が嫌だったんだなー」
「従魔にも、狩る魔物の好き嫌いってあるのか……」
狩った魔物の剥ぎ取り作業をしながら、ステフと雑談する。従魔の好き嫌いは、その後の行動であっさり謎が解けた。剥ぎ取りした後の魔物を処分するのに、一部は従魔達の腹に収まるのだが、その食の好みがはっきりと分かれた。
「要は食い気か……」
ヒューイは虫には見向きもせず、蜥蜴を食べている。一方、ルーイは喜んで虫を食べた。因みに、デューイは両方共好き嫌いなく食べていた。
素材も剥ぎ取り終わり、従魔達も満腹した残りの魔物は、燃やすか埋めるしかない。放っておくと、新たな魔物の湧く温床になってしまうからだ。
「じゃあ、埋める穴掘るか。ヒューイ!」
「ここ掘ってー」
ヒューイは犬だけに、穴掘りは大好きだ。適当な穴をサクッと掘り、残った魔物の死骸を放り込んでいく。デューイやルーイも死骸運びを手伝った。その上から、ヒューイが掘った土を後足で掛けている。
「そろそろ引き揚げるか」
「あっ……また虫の新手が来ちゃったー」
「あれ片付けてから帰るか。ルーイ!」
「ギョエー♬」
ルーイはブレス一発で虫の群れを一掃した。この辺りの魔物ならウチの従魔達には造作ないレベルだ。むしろ、狩った後の方が面倒だった。死骸を燃やせたら楽だろうが、生憎とこれだけの量を燃やせる火力は持ち合わせていない。せいぜい、生活魔法の種火くらいなものだ。
「また剥ぎ取りと穴埋めか……」
「まあまあ、穴掘るのも埋めるのもヒューイ任せなんだから」
「じゃ、剥ぎ取りに励むか!」
この虫は魔石の他、外殻や鋏なども素材になるらしいが、如何せん数が多い。剥ぎ取りは魔石に限り、後は埋めることにして脇に積み上げた。
「そう言えば、ヴィル。朝の話だけど……」
「ああ、ライの話?」
「そう。ライに何か言われた?」
「ライから告白された。断った。それでも諦められないらしい。変な事を口走ってた」
「変な事?」
「ステフごと俺を愛でるんだとさ」
「はぁ!?」
ステフはあんぐりと口を開けたまま固まっている。剥ぎ取りの手も止まってしまった。仕方ないので、一人で黙々と剥ぎ取りを続けた。
漸く終わりが見えて来た頃、遠くから二人を呼ぶ声が聞こえた。その声がした方向から、大山猫のセスが走って来るのが見える。噂をすれば影、ライの登場だ。
「よぅ、ヴィル、ステフ。その死骸の山、どうするんだ?」
「埋める」
「燃やしてやろうか?」
「「是非!」」
虫の死骸に向かってライが手を翳すと、死骸の山は呆気なく灰になった。火属性だと、こういう時に便利だ。ライは得意気にこちらを見る。
「俺がいると頼りになるだろう?」
「ソウダネ」
「何故、棒読み?」
肩透かしを食ったような顔をするライを挟み、ステフと二人で大笑いした。
「巫山戯てないで、前線まで戻ろうぜ」
それぞれの騎獣に乗って、前線まで引き揚げた。そこで協会幹部への報告を済ませ、騎獣を休ませる。トールやレフとも合流し、早々に前線を後にして南都に移動した。
南都の冒険者協会支部に着くと、サイラスが待っていた。容疑者達は、支部の地下に留め置かれているという。
「それで、彼等の意識は戻ったのか? 記憶は?」
「慌てるなよ、ヴィル。順に話すから」
サイラスによれば、容疑者達の意識は戻った者もいれば、まだ昏睡状態の者もいるらしい。フィリーは意識が戻ったそうだ。
「それで、フィリーとは話せたのか?」
「ああ、少しだけな。とりあえず、自分の名前と俺の顔は分かるみたいだ。全体に霞がかかったような感じだって言ってたな」
「そうか……完全には戻らなかったんだな、記憶」
「でも、俺の顔に見覚えあるって……他人みたいな目で一瞥されるよりずっといい……」
協会幹部に聞くと、容疑者達は王都の警備隊が引き取りに来るまで南都に留め置かれるそうだ。サイラスはそれまで南都に居残って、フィリーとの面会を続けたいという。
「サイラス、フィリーを待つつもりか? 記憶が戻るかだって怪しいし、罪状に情状酌量があったにしても、労役は避けられないぞ? きっと何年もかかる」
「もう死んだものと思っていたファイが生きていてくれたんだ。何年だって待てるさ」
そう言って、サイラスは泣きそうな顔で微笑んだ。傍で話を聞いていたトールが、ふと思い出したように呟いた。
「昔、似た話を聞いたことがあるな。服役した夫を待つ妻の話だ。夫が妻に、罪を償った後の自分を受け入れてくれるなら、門にリボンを結んでおいてくれと頼んで去った。服役後に夫が家に帰って見たら、門どころか塀も庭もそこら中リボンだらけだったってな」
「そのリボン、何色?」
「さあ? 何色でもいいんじゃないか?」
「じゃ、青灰色かな……」
トールの話に、サイラスはそう返していた。そう言えば、フィリーの瞳は青灰色だったと思い出した。