これから
一夜明け、朝を迎えたテント内の光景は、既視感があった。確か、以前にも似たシチュエーションがあった気がする。二人用のテント内に三人がぎゅうぎゅう詰めになって横たわり、両側から腕が絡み付いている。一体何なんだ、どうしてこうなった。
デューイやルーイは、流石にテントには入ってこられず、外で夜を明かしたようだ。厩舎にいることを思えば環境はさして変わりないのだが、いつもは中に入れているのに、昨晩は締め出してしまったようで可哀想な気もする。
隣で目を覚まし身動ぐ気配がした。ステフが起きたらしい。
「おはよー、ヴィル……あれ? 何でライがいるの?」
「おはよう、ステフ。昨日、体力切れのステフをライが運んでくれたんだよ。それで、そのままここで寝入ってる」
「ふーん……?」
ステフの質問に、かなり端折った答えを返した。案の定、その中途半端な返答にステフは微妙な顔をする。
それはそうだろうな、とは思う。自分だってこんな返答では、この状況を納得出来ないだろう。ただ、言いたくない事を省いて説明しようとすると、他に言い様がない。
ステフはさっさと追及を諦めて、躰を起こし朝の身支度を始めた。一緒に起きようとしたが、ライの腕が絡み付いていて起き上がれない。
「ステフ、助けて。起き上がれない」
「うわー、がっちり絡み付いてるなー」
ステフは差し出した手を取って助け起こそうとしてくれたが、ライの頑丈な腕が外れなかった。ステフはその腕をペシペシ叩いてライを起こそうと促す。
「ライー、朝だよー、起きてー」
「んー……」
「ぎゃーっ!」
ますます絡み付く腕の力が強まった。苦しい。絞め殺されそうだ。これは確信犯に違いない。ライはもう起きていて、わざとやっている。
「ライ、放せ」
「んんん……あともう少し……」
「今すぐだ!」
「ちぇっ、ケチ」
変な茶番は早々に切り上げたい。昨夜のうちに、警備隊による容疑者移送もされているだろうし、その後の顛末も気になる。語気を強めて迫ると、ライは渋々といった調子で腕を引っ込めた。
「回復掛け疲れて引っ込んだけれど、あれからどうなったかも気になってるんだ。早く行こう」
「……分かった」
起き上がって、身形を整える。ステフは相変わらず寝癖が酷い。いつものように櫛を取り出して、ステフの頭を引き寄せ梳った。ステフも交代で櫛を受け取り、髪を整えて髪紐で結わえてくれる。ついでに襟元も直してくれた。
気怠げにしていたライが一転、こちらを興味深そうに見ている。ステフとお互いに相手の身支度を整え合うのが面白いらしい。もう毎朝のルーティンとなっているので何とも思わないが、他人の目からは珍しく映るのだろう。
「それ、いつもやってるのか?」
「それって、何?」
「髪の梳かし合い」
「ああ、これ? いつもだな。自分じゃ見えない所もあるから、して貰った方が早い」
「仲良いな、お前ら」
「当然」
揶揄うようなライの口調に、しれっと返す。ステフと仲良くしているのを見せ付けたら、ライも諦めてくれるんじゃないかという期待もあった。しかし、この斜め上男は、これくらいでは全く堪えていなかった。
「俺も混ぜろ!」
「「はぁ!?」」
ステフと声が揃ってしまった。ライの昨夜の告白は本気らしい。ステフの目が「どういうことか説明して!」と訴えているが、今は早く協会幹部やサイラスに事情を聞きたい。耳元で「後で」と囁いておく。
テントを出て、皆で広場に向かう。いつも協会幹部達が集まっている辺りに、トールの姿も見えた。近付いて声を掛けた。
「トール、あれからどうなった?」
「おっ、ヴィル、起きたか」
トールからざっと昨夜の顛末を聞く。結局、あれから傭兵達は目を覚ますこと無く、警備隊に引き取られていったという。サイラスはそのままフィリーに着いて行ったらしく、南の商業都市で落ち合う約束をしたようだ。
「記憶、戻っているといいな」
「辛い洗脳経験とかは、忘れたままの方が幸せかもよ」
雑談しながら朝食を摂り、並行して協会幹部から今日の指示を受ける。一番の難題である瘴気溜まりの浄化が終わったので、後は大量に湧いた魔物の間引きを幾らかすれば、我々は引き揚げていいらしい。残りは地元の冒険者達が地道に処理するだろう。
「じゃあ、今日一日でケリをつけようじゃないか!」
「「おう!」」
また苦手なノリで、討伐が始まった。