紅刃のライ
翌朝、協会で動きがあった。合同討伐クエストに追加動員の募集がかかったのだ。一向に魔物の数が減らないため、埒が開かないとみた協会幹部が梃入れを図ったのだろう。近隣の各都市からも応援を呼ぶという。依頼ボードを眺めながら、周囲の冒険者達の様子を窺う。前回は参加を見送ったパーティーや、最近この街に訪れて募集を知ったパーティーらが真剣に検討している。ソロで採集専門の自分はお呼びではない。いっそう滞る通常依頼をこなすべく、単発の依頼をいくつか受けた。
「すみません、ヴィルさん、こんな初級向けの依頼まで」
「いや、俺は討伐クエストには向かないし、こんなことぐらいしか協力できないから」
「今度は応援に王都の最強戦力を呼んだそうですから、すぐ決着がつきますよ」
「っていうことは、噂の上級冒険者が来るのか」
「ちょっと楽しみです。不謹慎ですけど」
今日請け負った依頼は、数だけは多いがどれも短時間で済むような初級向けが大半だ。街中でのお使いやら手伝いなど、本来は若手のこなすような依頼で、こんな薹の立ったのが行くと依頼主に驚かれる。人手不足で応急措置なのだと説明すると、やたらと恐縮され困った。
依頼の達成報告に協会を訪れると、エントランスがざわついている。例の上級冒険者が街に着いたらしい。人垣の隙間から覗き見ると、如何にも最強戦力といった雰囲気を纏っているのが遠目にも分かる。協会幹部との話を終えて振り返ると、さっと人垣が割れる。その花道を上級冒険者が通り過ぎる刹那、チラリと視線を向けられると、いきなり顎を掴まれた。
「お前は参戦しないのか?」
「戦力外だ」
「使えそうだが。名は」
「ヴィルヘルム」
「覚えておく。俺はラインハルト」
ラインハルトは顎を掴んでいた手を離すと、幹部と出て行った。残された野次馬達がざわめく。ちらほらと『紅刃のライ』の二つ名が聞こえてくる。戦闘中、ラインハルトの持つ大型剣が魔力で発熱し、紅く染まるところから付いたとも、屠る魔物の血で染まるからともいわれる。喧騒の中、心配した窓口職員がカウンターから出てきて声を掛けてきた。
「ヴィルさん、大丈夫ですか?」
「驚いたよ」
「何なんでしょうね、あの人」
「スカウトされたかな」
軽口を叩いて、その場を後にする。一瞬の邂逅での衝撃が強過ぎて、居たたまれなかった。躰の芯から震えて、顎でなく心臓を掴まれた心地だった。まだ冷や汗が止まらない。あんな恐ろしい奴に初めて遭った。
宿に戻り一晩休むと、ようやく震えが治まった。今日は石の加工が仕上がる日だ。西地区の工房を訪ね、職人から石を受け取る。石は磨かれて、益々ステフの瞳に似てきた。最初に説明されたように、磨く工程の早い段階で石が割れたので、石は二つになっている。大きさがかなり違っている。小さい方に大きさを合わせるか聞かれたが、そのままで受け取った。
中央広場に行くと、露店の細工職人が待っていた。加工した石を手渡すと、じっと見入っている。おもむろに小袋を取り出し、中から大量の加工石を床に広げて、石と見比べ始めた。こちらの石と大きさが同じで、色が緑の石を探し出す。ちょうどぴったりな物が見つかった。さすが、専門家の見立ては違う。その色石を大きさの違う同士を組み合わせて、対になるようにペンダントヘッドを仕上げてくれると言う。有難く任せて、工賃の半額を前金に支払った。
そろそろダールの指名依頼が入る頃かと、協会に寄って窓口職員に声を掛ける。すると、思わぬ指名が入っていると言う。
「例の『紅刃のライ』からの指名です。ぜひ受けて欲しいとのことで」
「断れないか?」
「難しいですね……ラインハルトさん自身も緊急依頼で強制動員ですし、その本人からのたっての希望ですから」
「何なんだ、どうしてこうなった」
冗談じゃない。あんな恐ろしい奴に目を付けられるなんて、とんだ災難だ。今日は厄日か。
「だいたい、採集専門の俺を討伐クエストに連れて行っても、何の役にも立たないだろう。何故?」
「それは私共からは何とも……あっ、ちょうどご本人もお見えですし、直接伺っては」
振り返ると、かの最強戦力が背後に立ち、こちらを見下ろしていた。