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冒険者の基本

今日のステフは、昨日とは打って変わって晴れやかな笑顔だ。森での様子も合わせ、多分このステフが本来の姿だろう。落ち合って早々、昼食の提案をされた。


「ここらの露店の食い物でいいかな」

「あぁ、構わないよ」

「じゃ、適当に見繕ってくるから、ヴィルは席の確保よろしく!」

「任された」


広場の片隅に、露店の客向けのベンチが幾つか置かれている。その一つに腰掛けて、店を巡るステフを遠眼に眺めていた。食べ物屋の店員らと気楽に遣り取りし、値切りやおまけをせしめつつ、何種類もの食べ物飲み物を抱えて戻る。やや量が多く感じるが、ステフ基準の二人前なのだろう。飲み物と串焼きを手渡され、他の食べ物の袋を間に置き、隣り合わせで腰掛けた。


「ここのは美味いって評判だよ!冷めないうちに食べて」

「確かに美味そうだな。いい匂いがする」

「飲み物、果実水だけど、ワインの方が良かった?」

「いや、酒はちょっと……」

「ヴィルって、下戸なのか?」

「……二日酔い」


ステフの弾けるような笑い声に、憮然として串焼きを頬張る。食事がちゃんと摂れる程度の軽い二日酔いだ、問題無い。ステフは笑い過ぎて浮かんだ涙を指先で拭いながら、買ってきたものの袋を開けこちらに薦める。腸詰めや揚げ芋、パンにチーズ、見ているだけで満腹になりそうだ。


「足りなかったら、また買ってくるよ」

「充分だ。むしろ多い」

「ヴィルは小食なんだね」

「成長期の子どもと一緒にされても困るな」

「だから、成人してるってば!」


案の定、買った食べ物の大半はステフの胃に収まった。食後、どこに行きたいのか尋ねると、お薦めの武器職人を聞かれる。例のオークに止めを刺した剣を修理に出したいらしい。武器の手入れは冒険者の基本だ。行きつけの工房を紹介しよう。


「そういえば、ヴィルの得物って何なの」

「ナイフかな。あとは投擲くらい。採集がメインで、討伐クエストは滅多にしないから、攻撃力はあまりないぞ」

「オレは剣の練習中で、弓と槍も習ってるよ」

「習ってるって?」

「パーティーの仲間が教えてくれるんで、習ってる。覚えて損は無いかなって思ってね」


中央広場を出て、西に向かう。今朝寄った職人組合を通り過ぎ、路地を幾つか渡った先に、知り合いの職人が構える工房がある。そこはドワーフが大半を占める武器職人の中では珍しく人族の職人で、仕事が丁寧なのと人当たりが柔らかいのとで懇意にしていた。ドワーフは技術的には素晴らしいが頑固で偏屈なのが多く、ダールもそうだが人の話を聞かないので苦手だ。自分の身を守る大事な武器を預けるなら、気持ち良く付き合える職人の方が有難い。


「邪魔するよ」

「あ、ヴィルさん、いらっしゃい。今日は何だい?」

「今日は俺じゃなくて、こいつが客なんだ」

「こんにちは、ステフっていいます。この剣の修理を任せたいんだけど」

「ちょっと見せてくれ」


職人がステフの剣を見立てたところ、刀身にヒビも無く傷も浅いということで、研ぎ直しで済みそうだ。そのまま剣を預けて作業してもらうことになった。今日の夕方には仕上がるというので、それまで時間を潰すステフに付き合って、街をぶらつく。


西の地区を離れ、南の商人地区に来た。この辺りは様々な商店が軒を連ね、見ているだけでも楽しい。南門近くに商人連盟の建物があり、周囲は金持ち御用達の大店が連なる。庶民的な店は中央広場付近に集まっていて、その辺りを目指して歩いていく。ステフはこの前駄目にした鞄の後釜が欲しいという。布鞄なら、服屋か雑貨屋だろう。ちょうど雑貨屋が目に付いたので、そこを覗く。


「ねぇ、ヴィル、これどうかな」

「いいんじゃないか」

「ヴィル、こっちは」

「いいんじゃないか」

「えー、何それ。いい加減だな」

「使うのはステフだ。ステフがいいならそれでいいだろう」


ステフはブツブツと不満を呟きながら鞄を選び、店員に勘定を頼む。その際、何かに目を留めて、それも一緒に買っていた。そろそろ剣が仕上がる頃合いかと、職人の工房に戻る。工房で、あと少しで終わるからと言われ待つ間、職人の連れ合いが飲み物を振る舞ってくれる。連れ合いは小柄なホビット混じりで、振る舞いの飲み物もホビットによく飲まれている香草茶だという。クセが無く飲みやすい。仕上がった剣を受け取ると、工賃を支払って帰路についた。


「ヴィル、今日はありがとう」

「これで約束とやらは満足したか?」

「また約束して会ってくれる?」

「満足じゃないのか」

「今日は満足だよ。だから、また約束したい。お願い!」


協会で顔を合わせるのと約束して会うのとどこが違うのか、今ひとつ理解できない。ただ、ステフが約束して会うことに拘っているので、できる範囲で合わせることにした。約束一つでああも嬉しそうにされると、無碍にもできない。別れ際、ステフは背中に回ると、括っていた髪を解き、結い直す。何事かと手を遣りつまみ上げると、髪紐が変わっていた。雑貨屋で買っていたのは、これだったらしい。


「それ、今日のお礼ね!代わりに、これちょうだい」


ステフは使い古しの髪紐を手首に巻き付け、笑顔で帰っていった。


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