噂好きのネットワーク
翌朝、アルコールでやや重い頭に閉口しつつ、外へ出る。大通りを街の中心に向けて歩を進める。役場を通り過ぎると、職人の多い西地区だ。地区の中程にある職人組合の建物が、今日の目的地だ。ここに、今回の採集クエストの依頼人が居る。組合のエントランスは、協会とは配置の違いこそあれ似たような造りをしている。正面の受付窓口に依頼人の名を告げ取り次ぎを頼む。職員は軽く会釈して席を離れ、奥の部屋に消えた。手持ち無沙汰に待つ間、ふと昨夜の重い気分が甦り、アルコールの重さと相まって溜め息がこぼれる。こめかみを揉んで気分を紛らわせていると、奥の部屋から職員に伴われた待ち人がやって来た。
「よぉ、ヴィル、待たせたな」
「ダールさん、声が大きい」
「何だ、二日酔いか、情けねぇ」
豪快に笑うこの御仁は、ダールというドワーフ混じりの男で、製薬に長けた職人だ。原料の薬草類を度々指名依頼してくれる。今回の呼び出しも、おそらく次回の採集クエストに先立ってのブリーフィングだろう。こちらとしても、将来的な展望を見据えて、顔繫ぎしておきたい相手だ。冒険者など、長く続ける稼業ではない。いずれ生産職への転向を考えている身としては、彼の存在は大変参考になる。ダールは製薬を生業にしていながら店舗を持たず、作った薬はすべて組合に卸している。店で接客をしたくない自分には、ぴったりな生活様式だ。それに、ダールの製薬技術は高く、もし師事できるなら好都合だと目論んでいた。
「それで、今回の用件は」
「聞いたぞ!お前、また崇拝者が増えたって?今度は男か?女か?」
「……それ、どこ情報ですか」
忘れていた。このダールという輩は無類のゴシップ好きで、宿屋の主とも懇意だった。酒飲み同士連んでは、怪気炎を上げているのをよく目にする。とはいえ、昨日の今日でもうこの話が筒抜けとは、噂好きのネットワークは侮れない。迷惑な話だ。
「仕事の話をしたいんですが」
「堅いこと言うなって。それで、今度のヤツはどうよ?好みか?」
「……帰ります」
「おいおい、待てって」
あれこれ言い募るダールに背を向け帰りかけると、さすがに悪いと思ったのか、ちゃんと仕事の話が出て来た。最初からこうしてくれれば、こちらも苦労が無いのに。一通り次回のブリーフィングが済んで席を立つと、暇を告げる。ところが、そうは問屋が卸さなかった。いい笑顔のダールにガシッと両肩を掴まれ、席に戻される。
「じゃ、仕事の話も終わったことだし、ゆっくりお前の新ネタ聞こうじゃないか」
「無理言わないでください。この後、約束があります」
「堅いこと言うなって」
「帰ります」
製薬技術の腕は惜しいが、ダールに師事するのは考えものかもしれない。度々指名依頼を入れてくれるのも、採集の能力を買ってというより、ゴシップのネタ提供者の優遇という意味合いが強いのかもしれない。それを思うとやや業腹な気もするが、使えるものはすべて使う。躊躇はない。組合の窓口カウンターを挟んだダールとの遣り取りは、まるで昨日の宿屋の主との攻防を彷彿とさせる。まだ昼前だというのに、一日働いた後のような疲労感だ。のらりくらりと躱し続けて席を立ち、ようやく組合を後にした。
建物を出て再び大通りを歩き、役場前の広場に着く。この広場は、街のイベント事にもよく使われるが、普段でも露店が立ち並ぶ賑やかな場所だ。ここで待ち合わせるのがステフとの約束なのだが、こんなに人が多いと探すのが大変そうに思える。昼近くで食べ物屋に立ち並ぶ多くの人波の中、辺りを見回した。
「ヴィル!」
探すまでもなく、ステフの方から走り寄ってきた。