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また会う約束

話は終わったとばかりに油断した。無事に戻った祝いに、仲間内で浮かれ騒いでいるかと思っていた。ステフの予期せぬ行動に驚き、つい剣呑な口調になる。


「どうしてここに居る。付けてきたのか」

「そ、そんなつもりじゃ……ヴィルと居たかっただけ……」

「仲間内で飲むんじゃなかったのか?心配かけた詫びなんだろう」

「そうだけど……だけど、ヴィル……」


先程までのステフとは全く違った雰囲気に戸惑う。まるで捨てられた子犬のような涙目だ。言葉を探しながら上手くいかず、途切れ途切れに言い募るステフが一歩踏み出し、腕を取ろうと手を伸ばす。それを避けようと身を引くが、届かなかった腕の代わりに外套の裾を掴まれた。そのまま外套を引いて距離を詰めてくるステフに、何と言って思い留まらせればいいか、考えを巡らせるが、何も浮かばない。


至近距離で見つめてくるステフの灰色がかった水色の瞳、その中に自分の顔が映る。見たくもない顔だ。トラブルばかり齎す忌々しい顔。


傍観していた店主が、ニヤニヤ笑いながら部屋の鍵を投げて寄越す。仕事柄、この手の修羅場は見慣れていそうなものだが、好奇心を隠そうともしない顔で言う。


「痴話喧嘩なら、部屋でやってくれ。何なら、ダブルの部屋に替えるか?」

「冗談じゃない。寝言は寝て言え」

「替えるなら早めに言ってくれよ。エキストラベッドなら半額でいいぞ」

「五月蝿い」

「色男は大変だな。見てるこっちは面白いけどよ。ごちそうさん」

「騒がして悪かったな」


鍵を持って客室への階段を上る。外套の裾を掴んだままのステフも、一緒に付いて来る。部屋の扉に鍵を差し込むと、カチャリと音がした。中まで付いて来るのかとステフを顧みる。ステフは外套から手を離し、神妙な面持ちでこちらを伺っている。


「部屋、入っていい?」

「話聞くだけならいい。入れ」

「ゴメン。ありがとう、ヴィル」


いつも借りている部屋は小さいながら、必要なものは揃っている。シングルベッドに書き物机、椅子、水差しや桶の載った小さな棚。自分一人なら充分な設えだが、人を招く用意は何もない。ステフを椅子に座らせ、自分はベッドに腰を下ろす。荷物や外套は足元に放った。思わず溜め息がこぼれる。ステフに目を向けると、やおら赤面された。いったい、何なんだ。


「さて、話とやらを聞こうか」

「……」

「どうした。話があるんじゃなかったのか?」

「……あ、あの……」


ステフは物言いたげに口を開くも、言葉にならず俯く。上目遣いにこちらを見ては口を開きかけ、はくはくと息をつき、また俯く。それを数回繰り返して、やっと言葉を捻り出した。


「ヴィルとまた会いたい」

「朝、協会に行けば会うこともあるだろう」

「違う。そんな偶々とか、ついでとかじゃなくて、それも嬉しいけど……じゃなくて、ちゃんと会いたい」

「どう違うんだ」

「ちゃんとオレに会うって約束して、それから会いたい」

「よく分からんが、約束すれば今日はちゃんと帰るんだな?」


頷くステフに、望んだ約束を与えて、仲間の元に帰るよう仕向ける。部屋から押し出して扉を閉めると、外の気配を伺う。ステフの足音が、何度も途切れながら徐々に遠ざかる。足音が聞こえなくなってやっと扉から離れる。脱力感でいっぱいになり、ふぅーと大きく息を吐き出しベッドに転がった。夕食を食べる気力も無くなり、そのままうとうとと微睡む。浅い眠りの中、幾つもの夢の断片が現れては消える。


こんな気分の時には、悪夢ばかり見る。子どもの頃から、この顔のせいで碌なことにならない。女顔の美人と言われ、男女問わず言い寄られる。年上の女性達のセクハラは酷かった。未だにトラウマものだ。男からも洒落にならないレベルで迫られて、逃げるのに苦労した。吟遊詩人に、深い森に佇む湖のような瞳、などと歌われたこともある。気持ち悪くて背筋が凍った。大人になって、多少顔が間延びしたせいか、以前よりは幾分トラブルが減った。


ステフもこの顔に惹かれて付き纏う連中と同じだろうか。


目が覚めると、空腹感に襲われた。階下の喧騒が微かに響き、食堂がまだ開いているようだと、部屋を出る。夕食には遅い時間だが、酒を飲む客がまだちらほら居残っている。カウンター席に着くなり、店主がエールを片手に近づいてきた。


「これ奢るから、話聞かせろ。さっきの坊やは何だ」

「摘みは」

「ちぇっ、ちゃっかりしてやがる。ほらよ!」


芋と燻製肉の炒め物をせしめて、エールと一緒に流し込む。案外ゴシップ好きな店主の追求をのらりくらりと躱し、ちまちまと芋をつつく。エールを飲み干し、次に自腹でワインとチーズを追加すると、店主が生ハムをおまけしてくれた。サービスに免じて、一言だけリークする。


「行き倒れを拾ったら何だか知らないが懐かれた」

「何だ、そりゃ」


店主は自分の分のワインを煽り、ぷはっと酒臭い息をつく。それを横目に、もう一杯ワインを追加した。

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