子どもの保護は大人の義務
暫し呆然としていたが、ここは降って湧いた幸運を有り難く戴くべきだろう。気を取り直し、オークの処理を始める。せっかくの獲物だ、放棄するなどあり得ない。
「ステフは魔物解体できるのか?」
「まあまあ」
「じゃあ、やって見せるから、手伝え」
「喜んでー」
これでも、キャリア十年の冒険者だ。解体作業くらい造作もない。ステフを助手にして、さくさく作業を進める。オークは止めの一撃から時間が経っており、残念ながら肉質は落ちている。しかし、他の部分はほとんど無傷のため、皮などはかえって質が良いくらいだ。部位ごとに分け、要らない部分を埋めて、作業を終える。時間はかかったが、良い臨時収入になった。ステフも、今回のクエストでの損失をこれでいくらか補えるだろう。
その後、休憩を挟みながら歩き、街へと戻ってきた。街の周囲はぐるりと魔物除けの塀が取り囲んでいて、四方に門がある。森に近い東門の衛兵とは、顔見知りだ。その門衛に、常ならず連れがいるのを見咎められる。
「どうした、ヴィル、可愛いの連れて」
「拾った」
「どーも!拾われたステフです!」
「あれ、お前、確かアベルのところの新入りじゃなかったか?」
「あぁ、オジサン、兄貴たちを知ってるの?帰って来てる?」
「おう、バラバラに戻って来てるぞ。皆揃ってボロボロだったがな」
ステフはパーティーの面々の消息が知れて、少しほっとした表情を浮かべている。門を潜ると、真っ先に冒険者協会へと足を運んだ。街のほぼ中央に役場があり、そこから門のある四方に向かって、大通りが延びている。今いる東の大通り沿いに、冒険者協会の建物はあった。扉を入り、手前のフロアにはテーブルや椅子がいくつか並んでいる。突き当たりにはカウンターがあり、受付や達成報告の窓口となっている。空いている窓口に向かうと、端の方のテーブルから、数人の冒険者がこちらに近づいてきた。
「ステフ!」
「アベル、それに皆、無事だったんだね!よかったよ」
「お前、なかなか帰ってこないから、心配したぞ」
「ゴメン。実は、行き倒れてて……」
ステフが再会したパーティーメンバーと語り合う横で、こちらは淡々とクエストの報告をする。依頼分の納品と余剰の買い取りを頼み、その流れでオークの素材を出した。
「ステフ、オークは全部買い取りに回すのか?」
「え、オーク!?」
ステフではなく、他のパーティーメンバーがオークに反応した。彼らの敗走原因だ、気にもなるだろう。ステフは苦笑交じりに顛末を説明する。皆、一様に唖然としている。いち早く硬直の解けたアベルが聞いた。
「じゃ、このオーク、ステフが倒したってのか」
「そうなるな。俺は解体しただけだ。手数料は戴くが大半はステフの取り分だ」
「そんな、弟分を助けてもらって、解体手数料だけなんてとんでもない!」
そこへステフも参戦する。
「アベルの言う通りだよ!ヴィルが居なかったらオレは野垂れ死ぬところだったし、オークだって見つけてないよ!」
「しかし、そうは言っても……」
「ヴィルの総取りでもいいくらいさ」
「それは駄目だ。俺が倒した獲物じゃない」
すると、窓口の担当職員がおずおずと口を挟んだ。
「あの……それで、このオークは買い取りでよろしいですか?素材の取り置きはありますか?」
ただの確認のつもりが、つい話が長くなってしまった。窓口で押し問答などしていられない。とりあえず、全て換金することにして、査定待ちの間に手前のテーブルで話し合うことになった。
「まずは自己紹介か……俺はここのパーティーでリーダーやってるアベルだ。ステフが世話になった」
「俺はグスタフ」
「ネイサンだ」
「ホリーよ。よろしく」
「ヴィルヘルム、ヴィルでいい。キャリアだけは長い中級冒険者だ」
「わぁ、凄い!オレ達皆、まだ初級なんだ」
冒険者は実績に合わせて、ざっくりとランク付けされる。登録直後は初心者と呼ばれ、その後初級となる。ある程度依頼をこなすと、中級に上がる。冒険者は中級になって一人前といわれるが、大半は中級のまま終わる。ほんの一握りの実力者だけが、上級冒険者となる。どの街にも中級冒険者は溢れているが、上級者は滅多に見かけなかった。
「オレ、鞄と剣の修理費用だけあればいいよ。後は全部ヴィルが受け取って」
「オークに止めを刺したのはステフだろう。正当な報酬はきちんと受け取れ」
「でも、助けてもらったし、お礼に」
「大したことはしていない。子どもの保護は大人の義務だ」
「子ども!?オレ、成人してるってば!」
押し問答に呆れたのか、アベルが口を挟み、結局オークの取り分は二人で折半となった。窓口の職員に呼ばれ、依頼達成報酬と買い取り金を受け取る。その内のオーク買い取り金を半分に分け、ステフに渡した。
「心配かけた詫びに、仲間に奢ってやりな」
「それなら、ヴィルも一緒に飲みに行こうよ」
「悪いな。今回の依頼人から呼ばれていて、これから顔出すんだ。じゃあ、これで」
引き留めるステフに軽く手を振り、早々に協会から引き上げる。依頼人の呼び出しは本当だが、何も帰ってすぐという訳ではなかった。長年、ソロで冒険者をやってきて、今さら駆け出し冒険者やその仲間と連むつもりはない。第一、ステフは良くても他の連中が困るだろう。協会を出て東の大通りを少し門側に戻り、路地に入る。表の喧騒を離れた静かな場所に、常宿にしている食堂兼宿屋がある。入り口のすぐ脇にあるカウンターに、馴染みの店主の顔を見つけて声を掛けた。
「よぉ、いつもの部屋、空いてるか」
「空いてはいるが、そいつは一緒なのか?」
「え、そいつって……」
困惑顔の店主の視線を辿り振り返ると、そこには息を切らして立つステフが居た。