初心者の幸運
ただでさえ狭いテントの中、ステフは傍若無人な寝相をしていた。寝入るまでは隅で小さくなっていたが、今朝はど真ん中で悠々と寝息を立てている。おまけに、家主の筈の自分が何故かステフの懐に抱え込まれている。いわゆる、軒先を貸したら母屋を乗っ取られた、という奴か。まるで抱き枕かぬいぐるみかといった扱いに苦笑するしかない。
「おい、ステフ、起きろ。これでは動けん」
「……ムニャ……」
「起きろ。放せ」
「……ン……ファ……」
「いい加減にしろ!とっとと放せ!!」
ステフは寝起きがあまり良くないタイプらしい。いくら声を掛けても起きようとせず、抱え込む腕は解かれない。ムニャムニャと寝言を言いながら躰を撫で回し頬ずりをし始めるに至って、こちらも語気を荒めた。いったい何なんだ、どうしてこうなった。
「おはよ、ヴィル」
「おはよう。おかげで朝っぱらから気分は最悪だ」
「ふーん、ヴィルって朝弱いの?」
「誰のせいだ、誰の!」
気持ちを切り替えて、朝の身仕度をする。水場に行って、顔を洗ったり髪を解かしつけたりしていると、ステフも後を付いてきて同様の身仕度を始めた。櫛を貸してやるも、縺れた毛先が絡まってうまく櫛が通らない。一言断って、毛玉になった部分をナイフで取ってやる。ついでに他の毛先も少し梳いて整えてやると、喜んでいた。お返しだと言って、ステフはこちらの髪を梳る。麦わらのような色の髪は、肩につくくらいの長さを後ろでひとつ結びにしている。ステフは割と器用に髪紐を扱った。身内に姉か妹でもいたのだろうか。
朝食のメニューは、変わり映えのしない定番の野営料理だが、ステフは昨日と変わらずペロリと完食した。本当に全く遠慮のない奴だ。食後、これからの予定をざっくり打ち合わせる。拠点を引き上げて街へ戻る途中、ステフのパーティーがオークにエンカウントした場所に寄って行くことにする。うまくいけば、逃げる途中で放棄した剣や荷物を回収できるかもしれない。
「ステフは剣を使うんだな。じゃあ、前衛なのか?」
「うーん……どっちかというと、前のほう、かな?」
「意味が分からん」
「オレ、同郷のよしみで知り合いの四人パーティーに混ぜてもらってるから、定位置がないんだ。前にも出るし、後ろで回復役もする。斥候だけは才能ないって外されたけどね」
お気楽に見えるステフにも、意外に繊細な事情があるらしい。それはさておき、今は出発準備だ。テントや簡易竃を片付け、上掛けや下敷きを丸めて、背負子にまとめる。野営用具類と採取した薬草類の袋も入れると、背負子はかなりな重さになった。ステフはまだ野営には不慣れなようで、手伝おうとはするものの役には立たない。せめて荷物持ちをと背負子を担ぐと、少しふらついた。
「重そうだな。少し減らすか」
「大丈夫だよ、これくらい」
「また行き倒れるつもりか」
ステフの背負子から荷物を一部抜き、こちらの布鞄に入れる。ステフはやや不満そうにしていたが、これは譲れない。さっと最終確認をして、出発した。
拠点を出て、ステフを拾った小道を通り、オークとのエンカウント地点へと向かう。道々、ステフの放棄した荷物を探して歩く。鞄には携帯食が入っていたらしいので、森の生き物たちに荒されている可能性が高い。せめて剣やナイフなどが回収できれば御の字だろう。
「あった!……やっぱりか」
「見事に食い荒されてるな」
「鞄までボロボロだよ。布って食えるの?」
「単に食い物を捕る邪魔だっただけだろう。それより、無事な物を早く回収しろ」
「了解」
ステフの鞄の残骸からは、ナイフなどの生活用具や狩りに使う消耗品など、食品以外の物が回収できた。それらを貸してやった予備の袋に詰めて、背負子に括り付ける。再び歩き出し、剣を探す。武器は消耗品や生活用具などより重要で、コストもかかる。駆け出し冒険者の収入では、おいそれとは武器の新調などできない。ぜひとも剣は回収したいところだ。しかし、剣は見当たらない。やがて、オークとのエンカウント地点に辿り着いた。
「……おい、ステフの剣って、あれか?」
「そう……だけど……うわー」
「ビギナーズラックってヤツかな?」
ステフの剣は、放り出した拍子にオークの急所を貫いたらしい。絶命したオークを見下ろし、二人して言葉を失った。