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浄化の発動

人の思惑などお構いなしに、夜は明ける。今日から即、最前線だ。とはいえ、直接魔物の討伐に当たるのは上級冒険者達で、ただの浄化要員は大人しく付いて行くだけだ。


昨夜の会話で気落ちしたところを世話され、そのままなし崩し的に今回も『紅刃』と組むことになった。レフは、というよりルドは大いに不満そうだ。


「ライばかり狡い」

「コイツは俺に任せとけばいいんだよ。なあ、セス」


何故か上機嫌の『紅刃』を横目に、ゴロゴロ喉を鳴らすセスの首をわしゃわしゃと撫でた。


やがて、協会本部長の号令一下、冒険者達は次々と騎乗し出発した。セスに乗るのもこれで二度目になる。姿勢を低くし、セスの背に上体を沿わせて乗る。後ろでは『紅刃』が片手で手綱を持ち、もう一方に大型剣を構えて、魔物の襲来に備えている。


「来た」


低く呟くような『紅刃』の声に、少し顔を上げて前を見る。まだ遠くに見えるそれは、黒く蠢く靄のようで、見ているだけで肚の底が冷える。前回の合同討伐の時と比べても、魔物の数が桁違いに多い。騎獣達は、恐れや迷いなど微塵も無く魔物の群れに突っ込んで行く。


「間引いてる暇無いから、とにかく奥まで押し通るぞ!落ちるなよ」

「……」


無言でセスにしがみつき、衝撃に備える。群れに突っ込んだ瞬間、空気が変わった。触れてもいないのに、躰全体を押し潰すような圧を感じる。『紅刃』の大型剣が振るわれる度、魔物の断末魔が聞こえる。時々、魔物の牙や爪が掠めるが、『紅刃』の放つ炎ですぐに離れていった。


「そろそろ見えてきたぞ。分かるか?」

「あれか……大きいな」


前回の瘴気溜まりのあった窪地と比べて、格段に大きな黒い靄状のものが横たわっていた。前のが沼なら、これは湖だ。余りの大きさに、ヒュッと息を飲んだ。


「こんなの、一人じゃ無理だろう」

「泣き言なら、神殿の爺共に言ってくれ」

「『紅刃』が巻き込まなきゃ、俺は無関係だったのに!」

「使えるもんは使うさ。それに、ヴィルは面白い」

「五月蝿い!馬鹿」


およそ戦闘中とは思えない会話をしながら、魔物の群れを突っ切って瘴気溜まりに飛び込んで行く。不快指数は跳ね上がり、呼吸もままならなくなる。『紅刃』が魔物に放つ炎で、一瞬辺りが照らされる外は、暗く澱んで視界が悪い。どれ程進んだのか、時間も距離感も曖昧になる。やがて、あれ程いた魔物の気配が、少しずつ減っていった。


「降ろしてくれ」

「行けるか?ヴィル」


澱みが一際濃くなった辺りに入ったところで、セスの背から降りる。前回は無我夢中で発動した浄化を、ここでどうやって出したらいいのか、見当もつかない。レフの言っていた発動し易くなる媒体があれば、幾らかましだったろうか。


「この辺は、薄気味悪いが魔物は見当たらねぇな」

「瘴気は凄いから、多分、何かあるんだろう」

「そんなヤバいもんはさっさと消してくれ」

「気楽に言うな」


『紅刃』もセスから降りて、護衛の態になる。剣を構えて、周囲を伺っているが、魔物の気配が無い。ここまでが、足の踏み場も無い有様だったのと比べると、まるで台風の目に入ったような静寂が空恐ろしい。


「出来そうか、ヴィル」

「前のはよく覚えていないし、発動媒体も無いし、魔力の出そうな感じも無い。さて、どうしたもんかな」

「前の時は確か、知り合いのガキを抱えてたよな」

「ステフ……」


そうだ、前はステフを助けたくて必死だった。傷だらけで真っ青な顔色をして、今にも呼吸が途絶えそうだったステフ。その様子を思い出し、思わず服の下のペンダントを握り絞めた。ステフと揃いで作り持っている、互いの目の色の石を嵌め込んだペンダント。握る手に力が籠もり、ステフを庇って、ひたすら助けたいと願った気持ちが蘇る。


「お、おい、ヴィル……」


近くで話していた『紅刃』の声が遠ざかる。ふと気が付くと、祈るように跪いていた。あの時のように、辺りが薄らと光り始める。暫く光の広がる光景をぼんやり眺めていると、躰の中から力がごっそり抜ける感じがして、気が遠くなる。ふらりと体勢が崩れて、硬く厳ついものに受け止められる感触があった。


何か、乱暴に躰全体を掻き回される心地がして、強引に意識が戻された。何か、大きなものが覆い被さっている。唇に柔らかいものが当たり、温かいというには過ぎた熱がそこから入って来るのを感じる。


「んー、起きたか?」

「な、何してるんだよ!」

「えーと、緊急用の魔力譲渡ってヤツだ」


気を失ったところを受け止めた『紅刃』は、あろうことか口移しで魔力譲渡していたようだ。以前、手から魔力を貰った時に、これは効率が悪い、他に方法があるとは言っていたが、それが口移しだったとは。


調子に乗って、まだ続けようとする『紅刃』を押し退け、立ち上がる。少しふらつくが、何とかセスに近寄ると、セスの方から背に乗り易く屈んでくれた。その背によじ登り、乗る体勢を整える。


「チッ、もうちょっとサービスしてもいいだろうが」

「何か言ったか」

「いーや、何も!」


『紅刃』も続いてセスの背に納まり、前線の拠点まで戻って行った。瘴気溜まりも魔物も、すっかり消え失せていた。

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