白爪と黒槌
騎獣を降りると、レフは拠点の留守居役の協会職員と話す。その間にルドを連れて水場に行き、道中の頑張りを労う。水を飲むルドを撫でながら、声を掛けた。
「脚も速いし、人懐っこいし、ルドはいい子だな」
「コイツが人懐っこいだぁ?」
予期せぬリアクションに驚き振り返ると、そこにはセスを連れた『紅刃』が居た。セスは自分も撫でろと言わんばかりに、頭を擦り付けてくる。空いた手で首をわしゃわしゃ撫でる。今度は、ルドがこっちを疎かにするなと甘噛みする。
「あはは、両手に花だな!ヴィル」
「この子達が人懐っこいだけじゃないのか?」
「コイツらが?笑わせるぜ、全く」
そう言うと、『紅刃』はルドに向かって手を差し出して見せる。ルドはむっとして睨むと、威嚇の唸りを上げ噛み付こうとする。さっと手を引っ込めて、『紅刃』はこちらに目を遣った。
「ほら、な?」
「ルドが『紅刃』に懐いてないだけじゃないか?それか、セス以外には全滅とか」
「ヴィルは俺にばかり当たりがキツい」
拗ねたように言う『紅刃』に鼻白む。酷い目に遭わせてばかりのヤツに対して、どうして優しく接する必要があるのか。そこに、別の声が割って入る。
「騎獣に好かれ易いのも、癒し系魔力持ちの特性なのか?」
「さあ?もしそうなら、神官達は皆騎獣にモテモテの筈だな」
「それもそうか」
小柄な青年と大柄な壮年が並んでやって来た。確か、小柄な方が鉄の爪の人で、大柄な方がウォーハンマーの人だった気がする。それを裏付けるように、二人から声を掛けられた。
「よう、また会ったな。『白爪』のサイラスだ。コイツは俺の騎獣でフロル」
「俺は『黒槌』トール。こっちは騎獣のディーンだ」
「ヴィルヘルムだ。よろしく」
『白爪』の騎獣は額に一本角のある白い馬のようで、『黒槌』のは真っ黒で大きい犬か狼かといった感じの騎獣だ。連れている騎獣と冒険者とが、何となく雰囲気が似ている気がする。どちらの騎獣も、ルド達に倣ってか、撫でて欲しそうにこちらを見る。フロルとディーンを撫でてやると、ルド達が不満気に頭を擦り付けてくるが、生憎こちらの手は二本しかない。
「あー、お前らもか」
「ヴィルヘルムはテイマーの素養があるのかもな」
トールにそう言われ、驚いた。テイマーというと、いわゆる魔物遣いのことか。自分にテイマーの素養があるなどとは、考えたこともなかった。懐いてくる騎獣達に、まとめて水をやったりブラッシングしてやったりしながら、上級冒険者達が話すのを眺める。いつの間にか、協会職員と話していたレフも来て、話に混じっている。
「ヴィルヘルムが合流したし、明日からは本格的に瘴気溜まりの浄化にかかれるな」
「ヴィルヘルムは誰と組む?」
「俺に決まってるだろう!」
「決まってる訳じゃない。今回、レフと移動して来て問題無かったし、どの騎獣とも相性は良さそうだ」
「逆に、魔力操作訓練の様子から言って、ライの魔力とは相性悪そうだったな」
「ヴィルヘルムは誰と組みたい?希望があるなら汲むが」
唐突に話を振られて戸惑う。誰と組みたいか、など分かる訳がない。やっと顔と名前が繋がってきたところで、それぞれの人となりなど、まだ未知数だ。しばらく考えを巡らせる。
「誰と組みたいって希望はないよ。俺は早く終わらせて帰りたいだけだ」
「スピード重視なら、俺だよね」
レフが勝ち誇ったように言うと、『紅刃』が食ってかかる。
「戦闘状態の時は、セスもルドと大差ないぞ!」
「だったら、皆大差ないだろう」
「今回はレフと組んでみて、次回にまた組み合わせを考えたらどうだ」
「次回?」
こんな強制的な依頼は、もう今回限りと思っていたが、聞き捨てならない言葉が出てきた。こんな事態が、まだ続くというのか。呆然としていると、レフが言葉を継いだ。
「あぁ、ヴィルヘルムにはまだ言ってなかった。前回のクエストで協会の評価が上がって、ヴィルヘルムは上級冒険者に推薦されたんだ。このクエストが終わったら、正式に上級へ上がって、二つ名も付くってさ」
「俺が上級冒険者?嘘だろう?」
「神官じゃない癒し系能力者で、その上『聖女』並の浄化能力なんて貴重な人材、上級に上げる理由には充分だろう」
「……何なんだ……どうしてこうなった……」
ショックを受けて立ち竦んでいると、『紅刃』にいきなり躰を抱え上げられた。そして、騎獣達の水場から、野営地の中程にある休憩所へと連れて行かれる。大所帯での野営は、焚き火ひとつとはいかない。所々に篝火の焚かれた広場に、急拵えの竃があって、炊き出しの食事が振る舞われている。大勢の冒険者達がひしめく中を横切り、空いた一角の椅子代わりに置かれた丸太の一つに降ろされた。
「色々、思うところはあるだろうが、とりあえず食える時に食っとけ」
「……うん」
『紅刃』はそう言うと、炊き出しのスープとパンを渡して隣に腰掛ける。渡された食事を機械的に口へと運ぶが、自分の身に起こっていることは上手く飲み込めない。蟠りが胸につっかえたまま、夜が更けていった。