魔力持ちの上級冒険者
王都に向けて出発する。ここから王都までは、馬車なら一週間、騎馬なら三、四日程かかる。ルドは速さに特化した騎獣なので、急げば丸一日で行くことができるそうだ。今回は、二人乗せて行くことと出発時刻が遅いこととで、二日かけて行く算段だ。
王都へは初めて行くが、移動スピードが速いのと騎獣に乗り慣れていないのとで、過ぎる景色を見る余裕も無い。以前、セスに乗って移動した時と比べて、揺れが激しく姿勢が安定しないため、疲労が溜まる。
レフはこちらを気遣ってか度々休憩を挟み、その際、今回の依頼内容などもぽつぽつ話してくれる。既に先行している『紅刃』をはじめとした上級冒険者達と、王都で編成した冒険者達の合同討伐組に加え、王都の正規軍も討伐に当たるという。自分達は、王都へ着き次第、上級冒険者達に合流して、瘴気溜まりへの攻撃最前線に連なることになる。
「それって、前の合同討伐と似たような状況?」
「規模はデカいが、やることは変わらん」
「……なるほど」
それから、魔法についても、レフから色々と聞き出す。庶民出自の魔力持ちは、大抵は自力で魔力操作を体得するためか、魔力を手持ちの武器に纏わせて使うスタイルが多いそうだ。いわゆる魔力の発動媒体というもので、王侯貴族の魔力持ちなら杖や宝飾品などを使うらしいが、冒険者では稀だという。
「俺、この前は何も持ってなかったけど、どうやって発動したんだろう」
「別に、どうしても発動媒体がなきゃいけねぇって訳じゃないさ。あった方が出し易いだけのことだ」
「出し易くなるんなら、杖か何かあった方がいいのか」
「ヴィルヘルムは真面目だな。適当に、なるようになるって!」
レフはかなりお気楽思考のようだ。苦笑しながら、他の魔力持ちの上級冒険者の話を聞いてみる。
「今回、参加してるのは、俺を入れて四人だ。前のにも居たから、顔だけは分かると思うぞ」
「顔と名前が繋がらないんだが」
「まずは『紅刃』だろう?あと、『白爪』のサイラスに、『黒槌』のトール」
「ああ、鉄の爪の人と、ハンマーの人だな」
「ヴィルヘルムの覚え方も、たいがい雑だよなぁ」
「レフに言われてもな」
レフの補足によると、『白爪』は風属性の魔力持ちで、『黒槌』は土属性だそうだ。ちょうど四属性が揃う顔ぶれだ。『白爪』は装備した鉄の爪に風の魔力を纏わせて、刃のように放つ遠距離攻撃を得意とし、『黒槌』は巨大なウォーハンマーの破壊力に加えて土属性の追加効果を与える力技を誇る。そこに『紅刃』の炎と『蒼牙』の氷攻撃が加わると、さぞかし壮観なことだろう。
日も傾き、野営の準備を始める。街道沿いには幾つか、水場を備え整地されたおあつらえ向きの野営ポイントがある。そのうちのひとつに陣取り、火を熾しテントを張る。レフは携帯食で済ます気だったらしいが、小鍋でスープを作ると、嬉しそうに受け取った。
「ヴィルヘルムはまめだな」
「普通だと思うが。レフが大雑把なだけかと」
「口は減らないねぇ」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
連れている騎獣が見張りを兼ねるので、魔物除け香や夜番は省き、早めに休む。早朝にここを発てば、翌日の夕方前には前線の拠点に合流できるだろう。
テントに横たわると、森の拠点でステフと過ごした時が思い浮かぶ。あれからそう長い時間は経っていないと思うのに、随分と昔のことに感じる。それくらい、短い間に互いの立場や心の距離が変わったということか。
ステフに会いたい。
昼間はなるべく考えないよう、気持ちに蓋をして触れずにいる。それが夜になって蓋が外れると、思いが溢れて止まらない。離れてしまった互いの距離とか、連絡のつかないもどかしさとか、諸々が胸に迫ってきて、苦しくなる。隣に眠るレフに悟られないよう、上掛けを頭まで引き上げて、溜め息をついた。
翌朝、起きて身仕度をしていると、レフに頭をぽんと撫でられた。悟られまいとしていたことが、筒抜けだったらしい。ほぼ同年代のレフに子ども扱いされるのは、気恥ずかしさを超えて、怒りすら覚える。すんでのところで八つ当たりを抑え、朝食の用意をする。
「レフは香草茶とスープでは、どっちがいい?」
「楽な方」
「ぶれないね」
「何が?」
香草茶と、炙った乾し肉やチーズをのせたパンで朝食を済ませる。野営用具を撤収し、再び王都への旅路に戻る。ルドの背に揺られるのにも、随分と慣れてきた。レフの大雑把で頓着しない人柄も、気を遣わずに済んで有難い。予定より早い昼前には王都に辿り着き、冒険者協会に向かう。簡単な申し送りを受けて、すぐ前線へと出発した。
前線の拠点に着いたのは昼過ぎで、まだ先行組が討伐から戻る前だった。