窪地の底での浄化
そして一行は、然程時間も掛からずに瘴気溜まりの最下層へと辿り着いた。ダンジョンであった頃なら攻略に何日もかかっていただろうが、崩落跡の道無き道を進むとはいえ、只管降りて行くだけなら早いものだ。
国軍側の瘴気溜まり突入組は、少人数の班に分かれて散開した。彼らは瘴気の中に蠢く魔物を次々に斃していく。
一方、浄化担当の我々三人は最下層の中央部を目指し進んだ。何時もなら上空からルーイが瘴気溜まりの中心を見極め先導してくれるのに、この厚い瘴気越しではどうしようも無い。
「ルーイがいないと、瘴気溜まりの真ん中が何処だか分かりづらいな」
「仕方がないよー、オレ達で何とかしないとー」
「取り敢えず、白炎をあちこち撃ち込んでみろ。何処にも壁に当たって消えなくなれば、其処が大凡真ん中辺りだろう」
思わず普段との勝手の違いを愚痴れば、ステフに慰められ、ライには妥協案を示された。
四方の其処此処に人がいる状態だが、幸い白炎は瘴気の浄化のみで人に当たっても害は無いし、壁に当たれば消滅する。適当に進みながら、白炎を撃ち込んで外周との距離を測った。
瘴気が斑に浄化された中を暫く進むと、漸く何処の壁にも白炎の当たらない位置に来た。この場所を起点に浄化を始める事にする。
「今回は厄介な事に、今迄に無い厚みの瘴気溜まりだ」
「それはそうだけどさー、瘴気は瘴気だし、ちゃんと白炎は効いてるよー」
懸念を口にすると、ステフが疑問を差し挟む。
「効いてはいるが、何時もの障壁では平面的に浄化するだけだからな。縦方向への浄化がされない」
「なら、結界の要領で半球型にしてみたらどうだ?」
ステフの疑問に答えその問題を挙げると、それにはライが打開策を示した。いきなりでちゃんと形になるか不安だが、ふんわりと白炎障壁や結界をイメージして魔力を練り上げ術を展開する。
「白炎半球障壁」
放った魔力は最初、障壁の様に周囲を取り囲む。それが上へと伸びて行き、間を狭めやがて一点で閉じた。半球状の白炎が完成し、回転しながら広がって辺りを浄化してからやがて消えていった。
「なかなかいいじゃないか」
ぶっつけ本番で術を作り上げ成功させて、ライから感心しきりといった様な声を掛けられた。こちらは、ちょっと得意には思いながらもそれどころではない。
「ヴィル、大丈夫ー?」
平面的に広がる障壁に比べ、立体的に展開する半球は使用する魔力量が半端ない。魔力切れだ。視界がぐるぐる回る。思わずふらついて、慌てたステフから心配そうな言葉と共に躰を支えられた。
「ステフ、ヴィルに魔力循環かけながらマジックポーション飲ませてやれ」
「了解ー」
状況を見て取ったライがステフに指示を出した。ステフは淡々と指示を熟す。おかげで脱力感は残るものの、ぐるぐる回る視界は緩和された。
目眩が治まったところで、瘴気の浄化具合を見てみる。縦方向の状況は分かりづらいが、浄化面積は障壁に比べかなり大きい。流石は大量の魔力を注ぎ込んだ術だ。威力が高い。
問題は、魔力の回復だ。半球一発で全魔力の大半を持っていかれる。マジックポーション一本では、とてもじゃないが追い付かない。更に、ポーション類には連続使用によって回復量が落ちる弊害がある。ポーション酔いでも起こそうものなら、暫く身動きがとれなくなる程だ。
「もう一本飲むー?」
「……いや、勘弁してくれ」
何より、マジックポーションは不味い。良質だと言われる王都の物や街のベテラン薬師の物でも、やや飲み易くしているというだけで基本的に美味しくはない。
ポーション類の不味さは連続使用を抑える為とも聞くが、飲む方としてはリスクに関しての注意喚起に留めて、味の改善をお願いしたいものだ。
「ステフ、替われ。俺が魔力譲渡する」
「えー……分かった、頼むよー……」
ステフはライに言われ、渋々介添役を交代した。ステフは魔力循環には長けているが、譲渡するほどの魔力量は無い。その点、王都最強を誇る火術使いのライなら、魔力譲渡も余裕だ。
「ヴィル、こっち向け。魔力譲渡するから」
「……うん……ンンッ」
ライが容赦無く口移しに魔力譲渡する。ライの火属性魔力がその口を通し触れた部分から、ピリピリとした刺激を伴い否応無しに浸透していく。相変わらず相性の良く無い魔力だが、慣れた所為か最初の頃程の苦痛は感じなくなった。
「……はぁ、助かった。もういいから」
「まだ足りないだろう? もう少し……」
「……ん……止めろ! もう、しつこい‼」
魔力を貰い人心地ついたのに、ライがなかなか離れない。明らかに当初の目的を逸脱し、下心満載だ。思いっきり腕を突っ張りライの顔を引き離した。ライも本気で抵抗する気がないのだろう、あっさりと離れていった。
「悪巫山戯が過ぎるぞ、瘴気溜まりの真っ只中で!」
「そう堅い事言うなって」
ライは悪びれもせず、手をひらひらと振って護衛役に戻った。入れ替わりにステフが再び介添役につく。
その様子に、遠くから鋭い視線を向けている者が居た。