蒼牙のレフ
そこには、長身痩躯の青年が立っていた。
「あんた、確か」
「前にも会っただろう。合同討伐クエストで」
「魔力操作の訓練してくれてた人達の一人だったな?」
「『紅刃』のライ以外も覚えていたようだな。俺はレフ、二つ名は『蒼牙』だ」
名前までは覚えていなかったが、顔は分かる。魔力操作特訓で協力してくれたうちの一人だ。『蒼牙』の魔力は『紅刃』程の苛烈さは無く、穏やかでひんやり冷たい感じだった記憶がある。何度も気絶した訓練中、彼の順番に当たるとほっとした。
『蒼牙』のレフは、氷系の魔力を持つ双剣使いだ。二つ名の如く青味がかった銀髪と碧眼の持ち主で、氷を纏わせた双剣が牙のように見えることが名の由来だろう。『紅刃』のようなパワーファイターでは無く、スピードと手数を誇る戦闘スタイルで、体格も『紅刃』より細身だ。
魔力操作特訓と言えば、そもそも魔法を使うこと自体、庶民にはハードルの高いものだ。幼い頃から系統立てて教えられる王侯貴族と違い、己の体感のみで会得するしかない。大抵の場合、魔力の並外れて多い者が、魔力暴走を引き起こすなどして仕方なく身に付ける。よって、その方法も個々バラバラで、だいたいこんな感じ、など人に教えられるレベルではない。それを強引に短時間で詰め込まれたのだから、堪ったものではない。
重ねて言えば、癒し系の魔力というのは、かなり希少らしい。その大半は早くから神殿の関係者に囲われ、神官となる者がほとんどだという。こんな年齢まで見過ごされたのは、生まれ故郷に神殿が無かったことと、街に出てきてからも参拝する習慣が無かったことが理由だろう。今回、発露した瘴気の浄化能力は、通常では女性に現れることが多く、能力者は『聖女』と称される。男の場合は、何と呼ばれるのだろうか。
「今回の指名依頼は、前と同じ瘴気溜まりの浄化クエストだ」
「これ、断るのは可能か?」
「まぁ、無理だろう。他にやれるヤツがいない」
「……」
「ヴィルヘルムを迎えにライが来たがったんだが、今度の瘴気溜まりは王都に近い上に魔物の湧きが多くて、ヤツを先行させるしか無かった。それで、騎獣のスピードの速い俺が来た」
『蒼牙』の騎獣は鳥に似ているが飛べず、その代わり脚の速い魔物だという。セスのように仲良くなれるといいが。
今度の依頼も前の合同討伐クエストと同じく、協会主導のため移動手段や野営準備は必要ない。緊急だというので、定宿に戻り荷造りする。身の回りの品を纏めると、持って行けないものを宿主に預け、ステフへの伝言を頼む。
協会に戻ると、窓口職員にもステフへの伝言を頼み、ついでに依頼を受けられなくなったダールへの詫びも入れておいてもらう。会わずに済んで何よりだ。すぐ出発するというので、建物の脇にある厩舎へと向かう。
「『蒼牙』の騎獣は何て名前なんだ?」
「ルドだ。あと、俺に二つ名呼びは止めてくれ。レフでいい」
「じゃあ、レフ、ルド、道中よろしく」
ルドは躰の大きな鳥で、太く逞しい二本の脚で立ち、その背に二人乗せても余裕で駆けるという。首が長く、羽毛は薄青い。短くて丸味のある大きな嘴で甘噛みしてくるのは、少し怖い。挨拶しながら首を撫でると、ここを撫でてとばかりに頭を擦り付けてきた。なかなか可愛げがある。
「ライも言ってたけど、ヴィルヘルムは騎獣に好かれ易いみたいだな」
「そうか?」
「ルドは風属性の魔力を帯びていて、脚が速い。俺の氷系の魔力とは、決して相性が良い訳じゃないんだ」
「なるほど」
「それでも苦労して、何とかテイムしたんだが。ヴィルヘルムみたいにテイムも無しに懐くのを見ると、何だかがっくりするよ」
「それは済まなかったな」
上級冒険者の思わぬ本音を聞いて、少し申し訳無く思った。