北部辺境の砦へ
昨夜はのベッド争奪戦の結果は、と言うと──
「折角、ベッド三つあるんだから、一人ずつ手足伸ばして寝ようぜ」
最初は、久々にゆっくり一人寝しようと、自ら予備寝台に横たわり、残る二人に正規のベッドを譲ったのだ。しかし、それにはステフもライも納得しなかった。
「冗談じゃねぇ」
「そんなーそりゃないよー」
あれよあれよと言う間に二人掛かりでベッド二台をくっつけた真ん中に連れ込まれ、ぎゅうぎゅうと両側から拘束された。何と言う息の合った連携だろう。結局、何時も通りの就寝態勢となった。
一体、何なんだ。どうしてこうなった。ちっとも休んだ気がしない。
まだ日も昇りきらぬ早朝、目が覚めた。両側から伸びる腕を掻い潜り、もそもそと寝床から抜け出す。ざっと身支度すると、窓を開け外を見回した。
夜明けの冷えた空気が身を包む。固まった躰を解すように深呼吸して、窓を閉めようとしていたら、宿から出て行く人影が目に入った。
「あれは……レフ?」
何となく気に掛かり、後を追う。隠形スキルを使い、かつ気配察知ギリギリのラインで間を空けて行った。気付いているのかいないのか、レフは気にする素振りも見せず歩く。
着いた所は、町外れの寂れた一角にある何も無い場所だった。荒涼とした空き地に、ぽつりぽつりと石や木片が置かれている。その中の一つを前にして、レフは膝を折り向き合っていた。
「レフ」
「……よぉ、ヴィル。早いな」
「此処は?」
「此処らは、町に来た難民が寄せ集められた貧民街さ。俺の元いた家も此処にある……残ってれば、な」
「そうか」
「……んで、コレは俺の身内の墓。そっちが母親で、前にあるのが姉」
レフの指差す方には、歪な丸石が二つ並んでいた。子供の両手でやっと持ち上げられる位の大きさだった。子供だった当時のレフが精一杯、弔いの気持ちを込め置いた物だろう。
「墓参りだったのか。邪魔して悪かったな」
「いや、いい。どうせ誰も来ない場所だ、賑やかしには、ヴィルみたいな綺麗所が丁度いいさ」
ここ数日の寡黙さが鳴りを潜め、レフは何時もの調子で軽口を叩く。それが、やけに痛々しく感じた。
「レフ、無理する事は無い。悲しいなら素直に悲しんでいいんだ。それを論う奴は、今、此処にはいない」
「……」
レフは作り笑顔から徐々に表情を無くし、クシャリと顔を歪める。そのまま顔を俯け、目の前にある丸石にくっつかんばかりになった。肩が小刻みに震えている。
黙ってそっとレフの隣に寄り添うと、その背を撫でた。漏れ聞こえる嗚咽が止むまで、ずっとそうしていた。
日がすっかり昇りきり、レフが落ち着いた頃、二人で宿に戻った。すると、部屋に上がる階段付近にライが仁王立ちしている。こちらを一瞥し、声低く言った。
「おい、何処行ってた? 浮気か?」
「「何でそうなる⁉」」
思わず、レフと声が揃った。
「話にならん。ステフ起こして来る」
「あはは! 嫌われたな、ライ。ヴィル、乗り換えるなら歓迎だよーん」
「いらんわ」
レフが元の軽い調子に戻っている。少しほっとした。
ライも、目覚めた時に隣が空だったのがショックだったのだろう。あまり冷たく扱うのも悪い気がした。
宿で朝食を済まし、町の広場で野営する軍関係者の所へ行く。連中も概ね支度を終え、間もなく出発出来そうだ。魔術師団の集まっていた所から見習い達を連れ出し、騎獣に同乗させる。
町から砦までは、馬の早駆けで約一日だそうだ。騎獣だけなら半日程だろうか。だが、徒歩移動の兵も含む一団になると、途中で休憩や野営も入り、普通ならもっと日が掛かる。
それを、軍は魔術師団の術でゴリ押しして、旅程を無理矢理早めてきた。今回も同じようにするのかと思いきや、此処に来て兵達の消耗具合が思わしくなく、流石に司令官も考えたらしい。この最後の移動に限り、通常通りにすると言う。
「そうすると、三日くらい掛かるか……長いな」
「怠い。先に行っていいか?」
上級冒険者達がゴネ出した。司令官は渋面になり、暫く思案している。少し経って、伝令が来て言った。
「騎獣部隊と魔術師団の一部を先行させる。冒険者の諸君も同行してくれ、との事だ」
お陰で、ダラダラ移動に付き合わずに済んだ。魔術師団も一部行くのなら、テオ達もこのまま乗せて行ってもいいだろう。
先行する一団が軍の隊列から離れ、新たに陣形を組む。その中の魔術師団側に、こちらをジロジロと睨み付けるように見てくる者がいた。ライと目が合うと、更に目付きが悪くなる。
「あれ、誰?」
「前にも話したが、アレが魔術師団長のイェレミアスだ。相変わらずだぜ」
「ライをライバル視してる人だっけー? 大人気ないのー」
コソコソ噂話をしているうちに、準備が整ったらしい。
「では、出発!」
司令官の号令で、移動開始した。