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番外編 レフの独り言

レフは、醒めた目で町を眺める。この北部辺境の領都から旅立ったのは、何年前だったろうか。久々に見る風景にも、郷愁を感じる事は無かった。


レフもテオも、表向きはこの町出身という事で通しているが、正確には此処の出身という訳では無い。それぞれ此処より国境寄りにある別々の村が生まれ故郷だ。


そして、どちらの村も今は既に無い。テオの生まれ故郷は魔物流出(スタンピード)に巻き込まれて壊滅し、その生き残りが町まで逃げ延びたと聞いている。一方、レフは今回の依頼と同じ様に、隣国との紛争で故郷を追われた口だ。


レフは家族と共に難民として町に来た。町外れの空き地に建てられた急拵えの掘っ立て小屋が、一家の住まいだった。領都とはいえ、あまり栄えていない田舎の町に、難民を養う体力は元々備わっていなかった。


命からがら逃れて来た場所で、なんとか暮らしを整えようと大人達は手を尽くしたが、如何せん働き口が無い。蓄えも底を尽き、次第に生きる気力を失っていく。戦から逃れ永らえた命も、此処に来て力尽きようとしていた。


レフの家族は困窮に耐え兼ね、まず母親が儚くなった。次いで母を失った父親がふらりと町から蒸発し、残るはまだ子供のレフと姉のみだった。二人で生きていくには幼く心許ないが、町の孤児院にも余裕が無い。


「姉ちゃん……俺、冒険者になる」

「危ないよ、レフ。町の外には魔物もいるし、戦から逃れて来た兵隊崩れもいるし」

「でも、町中の仕事は余所者の俺達じゃあ雇ってくれないだろ。冒険者でもやらなきゃ生きていけないよ」


レフは姉と自分を養う為に、見様見真似で冒険者を始めた。


町の冒険者協会で依頼を見繕い、駆け出しにも出来そうな仕事を請け日銭を稼ぐ。薬草採集やら弱い魔物の退治やらで、なんとか糊口を凌いだ。姉は家事全般を引き受け、弟の帰りを待っていた。


そんな或る日の事、魔物の間引き依頼で町の外に出ていたレフは、思い掛けず高ランクの魔物に出会(でくわ)した。大きな体躯の雪豹に似た魔物で、まともに対峙すれば勝ち目は無い。身を潜めやり過ごそうとしたが、魔物に見つかってしまった。


「げっ! やべぇ……」


レフは一目散に逃げ出した。が、直ぐに追い付かれ、魔物に伸し掛かられた。レフの貧弱な躰に、魔物の爪が喰い込み、牙が迫りくる。


絶体絶命──という時、躰の奥底から何某かの力が湧いてきて、レフの全身を包む。その時には分からなかったが、今思えばそれは魔力発現だったのだろう。


必死に抵抗し、意識が飛んだ。気が付いた時には、魔物の氷漬けがレフの傍らに転がっていた。


レフはその魔物を懸命に引き摺って持ち帰り、町の冒険者協会で換金した。かなりいい査定額がつき、暮らし向きも良くなって、装備も一新出来た。


協会は魔力発現したレフを重用し、割のいい依頼を回して来る。気が大きくなったレフは、かなり遠くの場所まで出向く依頼も請け、何日も家を空ける様になっていった。


「姉ちゃん。今度は少し遠くまで討伐に行って来るよ」

「気を付けてね」

「姉ちゃんも。戸締まりはしっかりな」


油断した。この難民ばかりが身を寄せる町外れで、子供しか居ない家が急に羽振りが良くなれば周りがどう思うか。まだ若かったレフには考えが及ばなかった。


魔物討伐で遠出したレフは、数日振りに家へと戻って来た。


「姉ちゃん、ただいま」


返事が無い。薄暗くなった室内に明かりを灯すと、無惨な光景が広がっていた。


「な……どうして……姉ちゃん‼」


家は荒らされ、金品は持ち去られて、姉は事切れていた。必死に抵抗したのか、全身に無数の傷痕や痣があり、両手の爪が剥がれていた。不幸中の幸いと言っていいのか、凌辱された痕だけは無かった。


「姉ちゃん、何で、何で、姉ちゃんが……」


レフは号泣した。泣いて泣いて、涙が枯れ声も枯れ、何も出なくなるまで泣いた。そして、一夜明け姉を葬ると、町を出て行った。


町に被害を訴えても、難民は相手にされない。頼る身寄りも無い、二人きりの姉弟だった。もうこの町に残る意味は無くなった。身一つで、何処にでも行ける。


姉の形見は、髪を一房だけ。レフと同じ、銀髪だった。その遺髪を入れたアミュレットを鎖で首から下げ懐に入れている。


「姉ちゃん、俺、帰って来たよ」


胸元のアミュレットを服の上からギュッと握り締め、レフは呟いた。


「お帰り」


姉の声が聞こえた──気がした。






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