国軍からの召喚
それから数日は、隣家に通ってランディに治癒を掛ける傍ら子育ての助言やら家事の手伝いやらをして過ごしていた。そこで聞こえて来るランディと新たな雇い人との会話に、思わず吹き出した。
「奥様、他の部屋の掃除が終わりましたので、この部屋を掃除いたします。居間にお移り下さい」
「あの……奥様呼びはちょっと……」
「では、ランディ様と」
「いや、様つけもヤメテ……」
フェルマーに雇われた老婦人は、バーサという名の働き者でテキパキと家事を熟すが何処か上品さがあり、大きな邸で侍女でもしていたのかと思わせる人だった。
今はまだ少しギクシャクしているが、この人とならランディもいずれ仲良く出来そうだし、フェルマーが要らぬ嫉妬も抱く事も無いだろう。
ランディと一緒に居る時は、魔力を流す為に寄り添っている事が多い。バーサに言われて居間に移動し、ソファに隣合って座る。すると、互いの子供達がワラワラと群がって来た。その様子を、バーサが目を細めて見ている。
双子達は、流石獣人の血を引くだけあって、小柄ながら身体能力が高い。生まれて数日なのに、既にちょこまかと動き回っている。それを興味深い目で見ているウルリヒが、彼らの後を付いて回った。
そんな親子の佇む光景は、傍目に心和むものなんだろう。バーサの歳なら、孫でも思い起こしているのかも知れない。
一方でステフとライは、頼まれた買い物に出たり冒険者協会で情報収集したり等していた。皆が家に戻っての夕食時、ライが口を切る。
「北がキナ臭いらしいぞ」
「北?」
協会で聞き込んで来た話を、ライが噛み砕き説明を始めた。
「北は西と同じく、隣国と接していて砦を辺境伯が護っているだろうが」
「そうだっけ?」
「そうなんだよ……以前から偶に小競り合いはあったが、それがこの処頻繁に起きているらしいぞ」
「ふぅん」
「危機感ねぇな。その小競り合いが紛争に迄なったら、辺境伯軍で手に負えなくなるだろう? そうなると、次に呼ばれるのが国軍と上級冒険者だろうが!」
「ああ、そう繋がるのか」
本格的に軍から召喚が来るとなると、協会からの指名依頼と一緒で拒否は難しい。行き先は戦場だ。ウルリヒは連れて行けない。
「今、呼ばれると、ウルリヒの預け先に困るな」
「心配事はそっちか? 自分の身の安全とか考えろよ」
「俺はライやステフが守ってくれるから心配してない。ヒューイ達もいるし」
「……そういうとこな……」
「ヴィルらしいなー」
何やらライとステフが分かり合っている。解せぬ。
そして、数日の内に、ライの懸念が現実のものとなった。国軍から冒険者協会を通し、指名依頼という召喚が掛かったのだ。
「ウルの事、ちょっとランディに相談して来るよ」
「相談って、今は預けるのは無理じゃないかなー」
「いや、バーサさんもいるし、ウルも慣れた所の方がいいと思って」
「こっちの都合ばかり言ってられないぞ」
「聞くだけ聞いてみる」
ステフとライが止めるが、それを置いて隣家に行き、ランディに事の次第を話す。ランディは暫く考えていたが、笑顔で返答した。
「いいよ。ウルは任せて」
「手助けに、デューイを置いていくよ。ウルにも慣れてるし、何より子供の扱いに長けてる。力仕事も任せられるよ」
「それは有難いけど……バーサさん、従魔は平気かな」
「直ぐ慣れるさ。ランディ、ウルを頼む」
簡単に旅装を整えて、三人と三頭の従魔とで王都に出発した。王都の冒険者協会で上級冒険者達が集合した後、軍と合流し北を目指す事となる。ステフは厳密には上級冒険者ではないが、今迄の実績で行動を共にする許可はおりるだろう。
冒険者協会での大規模討伐とは違い、軍の遠征となると相手は隣国の軍、つまり人だ。畑違いの冒険者を召喚して、軍は何をさせたいのだろう。
王都へ向かう道すがら、休憩中の雑談でこの疑問を投げ掛けると、二人からそれぞれ思う処が返って来た。
「隣の国への見栄って言うか、軍の箔付けかなー」
「俺は軍からの召喚は経験が無かったが、トールは以前にあったと聞いている。トールによれば、軍の冒険者召喚は相手への威嚇と、冒険者による遊撃を期待してって事らしいぞ」
「じゃあ、ステフの憶測も強ち間違いでも無いって訳だ」
「やりー! オレ賢いー?」
「調子に乗るな」
ライに小突かれ、ステフはへらりと笑った。小突かれた頭を抱き寄せ撫でると、ステフが甘えて擦り寄る。
「甘やかすな」
「いいだろ」
「いいじゃんー」
「なら、俺も」
ライまで擦り寄って来て、頭をぐりぐり押し付ける。
「何だかなぁ……」
思わず溜め息が溢れるが、二人の頭を両手でワシャワシャと撫でてやった。何気に二人共満足そうにしている。一体、何なんだ。どうしてこうなった。