先輩風を吹かせる
翌朝の目覚めはすっきりして気分が良かった。疲れも残っていない。しっかりと睡眠をとったお陰だろう。
「ステフ、俺が帰った後、隣はどうだった?」
「もう、フェルが舞い上がってて、落ち着かせるのが大変だったよー」
「舞い上がってる場合じゃないのにな」
朝食後、ウルリヒを連れてステフと隣家を訪ねる。料理する余裕も無いだろうから、鍋ごとのスープ等の差し入れを従魔達に運ばせ持ち込んだ。一夜明け、少しは落ち着いたらしいフェルマーが出迎えた。
「やぁ、フェル。ランディと双子はどうだ?」
「ランディはふらふらだ。双子は元気に泣いているよ」
殆ど徹夜らしいフェルマーは、目の下に隈が出来ていた。疲れは見えるが、まだ興奮状態が続いている為か、躰はしゃんとして動けるらしい。
「フェル、疲れているだろうが、今優先してやらなければならない事がある。分かるか」
「ランと双子の世話だろう」
こちらの問い掛けに、フェルマーは当然と言った態度で返答する。溜め息が出そうなのを抑え、話を進めた。
「それは脇に置いて、フェルがまずしなきゃならないのは、人手の確保だ。家事と子守に長けた人材が必要だ。知り合いでもいいし、商人同盟で斡旋して貰うのでもいい。なるべく早くだ」
「えぇ?」
フェルマーは腑に落ちない様な顔をして言い募る。
「ヴィル達は二人で乗り切ったんだろう? なら、俺達だって……」
「フェル、俺達とは事情が違う。うちは子供は一人だけだったし、助けになる従魔もいた。それに、元々掃除や洗濯に人を雇っている。それをランディは全部一人でしていたんだろう? このままじゃ、遠からず共倒れになるぞ」
「…………分かった。商人同盟の知り合いに頼んでみる」
暫く逡巡した後、フェルマーは頷き出掛けて行った。それを見送ると、寝室で横になるランディの傍に行く。
「ランディ、具合はどう?」
「ヴィル……あちこち痛いし、怠いし、眠い……のに、双子が寝かせてくれない……」
「今、フェルが助っ人を呼びに行ってるから、それ迄は頑張れ。俺達も手伝うから」
「うん……」
弱音を吐くランディに寄り添い、背を撫でながら治癒の魔力を流す。躰のダメージ部分や疲労にじわじわと効いている様だ。睡眠不足だけは寝て回復するしかない。
ステフは、ウルリヒに使っていた籠ベッドを持ち込み、双子達を寝かせて目を細めている。
「可愛いー双子だからか獣人族の血なのか分かんないけど、ウルよりもちっちゃくって可愛いー」
「ステフ、あんまり騒ぐと、チビっ子達が起きちゃうぞ」
「起きたらオレが抱っこするからー」
ウルリヒを産んだ時にも思ったが、ステフは小さい子の面倒見が良い。故郷で下の兄弟の世話をしていたのは聞いていたが、元々子供好きな性分なのだろう。
ランディを寄り掛からせて治癒を流していると、ウルリヒが膝に乗ってきてランディの頭を撫でる。
「いーこいーこ、ねー」
「ウル、ありがとう」
ランディとウルリヒの交流を眺めほのぼのしているうちに、双子が泣き声を上げた。ステフが双子を抱き上げる。
「ステフ、そろそろ授乳時間だから、こっちに」
「どっちの子からー?」
「両方」
ランディにそう言われて、ステフはぎょっとしながらも双子を手渡す。ランディは胸を寛げると、双子を吸い付かせた。ちょっと犬の授乳に似ている。心做しか、双子も犬の子っぽく見えて来た。
「えぇと……フェルの先祖って、犬の獣人だっけ?」
「確か、狼か何かだったと思う」
「そうか……フェル自身は熊っぽいのにな」
「それなー」
此処に居ないフェルマーをネタに盛り上がっていると、噂をすれば影がさすという通りフェルマーが帰って来た。部屋に入るなり、ランディの様子を見て狼狽える。
「わーっ‼ ラン、なんて格好を晒してるんだよー」
フェルマーが双子を押し潰す勢いでランディに覆いかぶさる。胸を晒して授乳しているランディを隠したかったのだろうが、双子への配慮が足りなかった事が、ランディの逆鱗に触れた。
「フェル、放せ! 離れろ‼」
「ランー、そんなー」
「子供達が潰れるだろうが! あっち行け!」
「それだけは勘弁してくれー、気を付けるからー」
暫くランディとフェルマーのドタバタを眺めていたが、流石に双子への悪影響を見過ごせずに口を挟む。
「二人共、取り敢えず双子の授乳が優先だ。言い合うのは後にしろ」
「ああ」
「分かった」
二人が落ち着いたので、籠ベッドに入れていたケープを取り出しランディに掛けてやる。裾を調節して、胸は隠れるが双子が見える様にした。
「ちゃんと対策はあるんだ。取り乱す前に聞けよ」
「面目無い」
フェルマーはしゅんとしながらも、それなら最初からそうしてくれれば、と言わんばかりに恨みがましい目を向けてくる。
「こっちは初心者に順を追って説明する気でいたんだ。それを、いきなり逆上して暴れる奴に引っ掻き回されたくない」
「済まん……」
フェルマーはしおしおと萎れてしまって、ちょっと気の毒になった。ランディは澄まして言う。
「殊勝に見えても、今だけだから。放っといていいよ」
「そうか、了解」
「流石は伴侶だねー分かってるー」
昼頃になって、外出していたライが顔を出した。
「メシ差し入れに来たぜ」
「助かるよ」
中央広場の屋台等で調達したらしい食べ物や飲み物を、魔法鞄から次々に取り出して並べる。テーブルいっぱいに並ぶ食べ物を、皆で端から摘んだ。
「幾ら何でも多過ぎじゃないか?」
「この位、直ぐ無くなるさ」
「そう言えば、手伝いの人手は確保出来たのか」
「ああ、明日から一人、家事のベテランだって触れ込みの婆さんが来る」
「体力勝負だろうに、お年寄りで大丈夫?」
「若い奴じゃ、俺が気が気じゃない!」
喋りながら差し入れを摘んでいたら、多く見えた食べ物もあっという間に無くなっていた。