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新たな隣人

インゲ女史の依頼も一段落したので、次にまたお呼びが掛かる迄は街に戻る事にした。そろそろ隣人のランディも産み月を迎えるし、暫くは街に落ち着いて居た方が良いだろう。


来た時と同様、騎獣に分乗して街道沿いを走る。ウルリヒも長距離移動に慣れて来た為、行きより早いペースで進んだ。


今回の依頼は冒険者協会を通していないので、家に直行で帰る。裏庭の厩舎前で荷物を下ろしていると、裏木戸からフェルマーが此方へ駆けて来た。


「ヴィル!」

「やぁ、フェル。そんなに慌ててどうした?」

「帰って来て早々、済まない。ランが大変なんだ、来てくれないか」


フェルマーののっぴきならない様子に、取るものも取り敢えず彼らの家へ行く事にした。傍で聞いていて事情は察しているだろうが、ステフやライに声を掛けておく。


「ちょっとランディの様子を見てくるよ。後、よろしく」

「直ぐ行ってやれ」

「任せてー」


フェルマーの案内で、急ぎランディの居る部屋へと向かう。ノックもせずに扉を開けて部屋に飛び込むフェルマーの後に続き、部屋へと入って行った。


其処は寝室のようで、小柄なランディが大きなベットにちまっと横たわっている。フェルマーに促されランディに近付くと、見た処顔色が悪く汗も大量にかいていて、何処か痛むのか低く呻っていた。


「ランディ、調子はどうだ?」

「……ヴィル……あんまり良く無い」

「痛むのは腹か」

「ああ……先刻(さっき)から痛くなったり、なくなったり……」

「どの位、痛みが続いている?」

「……えぇと……うっ、痛い……段々痛みが強くなってて、頻繁になって来た……」

「ランディ、それ、陣痛!」

「「えぇーっ⁉」」


ランディ本人と伴侶のフェルマーが揃って絶叫した。仲の良い事で。だが、二人してこんな分かり易い兆候を見逃すなんて、うっかりにも程がある。


「ほら、ランディ! 動ける内に支度するぞ。フェルは出産準備を急げ!」

「……う、うん……頑張る……」

「分かった」


痛みと痛みの間にランディを浴室に連れ出し沐浴させ、ゆったりした寝衣に着替えさせる。その間、フェルマーには寝室を整えて、出産に必要な道具一式を揃えさせた。その為に予め、覚書を渡してある。


「防水布、よし。手拭い、よし。鋏、よし。盥、よし。消毒用の酒……」


ブツブツと覚書の項目を呟くフェルマーを他所に、身支度を終えたランディをベットに寝かせた。その枕元に座ると、手を握り魔力を流す。フェルマーの過保護が影響したのか、ランディに少し衰弱傾向がみられた。続いて、癒やしの術も掛けておく。


ランディには元々無い子宮を、フェルマーの魔力でゴリ押しして仮胎を創り妊娠させたのだ。衰弱するのも無理は無い。


「ランディ、躰の何処か辛い所はあるか」

「ん……腰が怠いかな……」


腰を擦り、癒やしの魔力を流す。すると、ぼんやり胎児の気配が窺えた。その時感じた、ほんの微かな違和感。


まさか──


「フェルマー」

「何だ、ヴィル」

「ランディの腹の子、双子かも知れない」

「「えぇーっ⁉」」


また二人の声が揃った。仲の良い事で。


「双子だと困る事があるのか?」

「いや、特に無いが……覚悟が無かったというか……驚いた」

「俺も」


二人で顔を見合わせて、微笑み合っている。此処に居るのがいたたまれない気持ちになってきた。


「俺、何処か行ってようか?」

「いやいやいやいや、居て、居てくれないと困る」

「頼むから、俺一人じゃ詰む」


二人から同時に引き留められて、観念する。多分、自分達も周りにこんないたたまれなさを振り撒いているのだろう。お互い様だ。


次第に、ランディの痛みが強まり話す余裕も無くなってきた。呼吸も荒い。ランディを起き上がらせ、上掛けを丸めて抱き着かせた。その傍らで、手を握り声を掛ける。


「ランディ、いいか。痛い時に息を止めたら駄目だ。短く吸って、長く吐き出すんだ、分かるな。ほら、吸って、吸って、吐いてー。吸って……」


ランディは必死にこちらの指示する呼吸に合わせ、痛みを逃がしている。下手に息を止めたら躰に障るから、指示する方も必死だ。そのうちに、ランディは上掛けではなく自分に縋り付いてきた。


「フェル! そろそろ湯を用意してくれ。もうすぐ生まれそうだ」

「よっしゃー‼」


フェルマーは張り切って湯を沸かし、盥に注ぐ。手桶にも湯を満たし、温度調節用の薬罐も手元に置いて、準備万端だ。


「ランディ、次から痛みに合わせて息め。吸って、吐いてー、息む!」


ランディはいよいよ胎児が下がってきたのか、苦しそうだ。呼吸の指示を、痛みを逃がすものから息むものに変え、様子を見る。癒やしの魔力を流す傍ら、辛そうなランディの背中を撫で擦って労った。


ランディの足元側では、大伴の拭き布を手にフェルマーが構えている。やがて、一人目の頭が見え始めた。


「ランディ、もう一息だ、頑張れ」

「ラン、後少し堪えてくれ」


次の陣痛に合わせてランディが息むと、胎児の全身が外に出た。フェルマーが受け止め、臍の緒を切る。その子が産湯に浸かる内に、二人目が顔を出した。


「フェル、その子をこっちに! 次が待ってる」

「えっ、もう⁉」

「キリキリ動け! 父親だろう‼」


フェルマーが大車輪で活躍し、子供を取り上げる。こっちも片手で生まれたての子を抱き、反対側では抱き着くランディを面倒見る。てんやわんやの双子出産だった。


疲れが限界を超えた。頃合いを見て差し入れに訪れたステフに後を託し、家に戻って寝入る。夢も見ずに眠った。





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