利用価値
人と会うのは、楽しいが疲れる。邸に帰り着くと、着替えもそこそこにベットへ倒れ込んだ。全身から疲労がじわじわと滲み出ている気がする。
主寝室にあるベットは大きい。おそらく街の家に置いているベットより二周りは大きいだろう。これなら幾ら寝返りをしても、床に転げ落ちる事は無さそうだ。
その端にごろごろしていると、寝支度を終えたステフが歩み寄り、ひょいと抱き上げて中央に躰をずらす。そのままステフが隣に収まった。
「疲れた……ねぇ、ウルは?」
「デューイが子供部屋に連れて行ったよー」
「帰りがけに、もう半分寝てたもんな」
欠伸混じりに言葉を交わし、ステフの懐に潜り込む。肩口に額を寄せ、ぐりぐりと擦り付けた。ステフはクスクス笑いながら頭を撫でる。
「ヴィルって、たまーに子供っぽい事するよね一可愛いー」
「眠い」
「相変わらず人慣れしないんだよなー人気者なのにさー」
ステフの撫でる手が心地良い。疲れている今は勿論、どんなに嫌な事があっても、ささくれ立った心が癒やされそうだ。嫌な事と言えば、酷い目に遭った後で、ステフに救われた記憶が甦る。
「そう言えば、以前行った西の領都で辺境伯三男に襲われた時、ステフが助けに来てくれたな」
「ああーあの時?」
「ヒューイと窓を突き破って部屋に飛び込んで来て……思い出すよ。この手、とっても安心する……」
「そうー? えへへー嬉しいなー」
照れ笑いするステフの胸に擦り寄り、躰を預ける。頭を撫でていたステフの手が背中に回り、旋毛に柔らかな感触が落とされリップ音が響いた。
そうして就寝前の軽い触れ合いを愉しんでいると、ベットの反対側がズシリと沈み込み、もう一人がベットに入り込む気配がする。ライだ。
沐浴して来たらしいライから、何時もより幾分か湿っぽくひんやりした感触が伝わる。端から中程に寄って来ると、ステフの反対隣に躰を滑り込ませ、密着し腕を廻して抱き込んでくる。
「俺も混ぜろ」
「んもー空気読んで二人っきりにしてくれないかなー」
「だから、空気読んでゆっくり沐浴して来ただろう? 次は俺のターンだ」
「ターン制じゃないってーまだまだオレの番ー」
ライとステフが巫山戯半分に言い合う中、間に挟まれ、やれやれと首を振った。せっかくの広いベットも、こう両側からぎゅうぎゅう来られては、狭苦しくて台無しだ。
翌日、インゲ女史の秘書から仮縫いが終わったと連絡を受け、クリューガー本店へ向かう。衣装の試着三昧の一日になりそうだ。
前回と同様に、騎獣で本店の裏庭に乗り付け、裏口から店内へと入る。アトリエの扉前には、秘書と一緒に例の辺境伯三男も控えていた。あのバカ息子が、何かの役に立っているのだろうか。
アトリエ内には、数々の新作を着せたトルソーと共にインゲ女史と助手達が待ち構えていた。鼻息荒くインゲ女史が迫ってくる。
「待ってたわよ、貴方達! 今年の新作のコンセプトは『異国情緒』よ。さあ、着て見せて頂戴?」
並ぶ新作衣装は、言われて見れば見慣れない織りや色柄の生地を使い、型も異国風だ。それでもクリューガーブランドらしさを感じさせる雰囲気なのは、インゲ女史の手腕だろう。
助手達に促されるまま、新作衣装を次々に袖を通しては手直しされ、また次を渡されて着る。鏡があっても、眺める暇も気力も無い。自分が立ち並ぶトルソーの一つにでもなった気分だった。
「いいわぁ、いいわよぉ、最高! イメージが膨らむぅ‼」
「「「「はい、先生!!」」」」
インゲ女史のテンションは上がりっ放しで、助手達もそれに追随する。新たなデザイン画が量産されている処を見ると、また新規の衣装が増え同様な工程を経ていきそうな気配だ。
壁際に控える秘書も、目を輝かせてこの光景に魅入っている。隣の辺境伯三男も胸の前で拳を握り、彼女達と高揚した気分を共有している様だ。
ぐったりした気分に陥り、一刻も早く街に帰りたくなった。ライやステフも流石に疲れた顔をしている。とっくに飽きていたウルリヒは、ルーイの背に乗って部屋の天井付近をフヨフヨと飛び回って遊んでいた。羨ましい。
「衣装が増えるのか? 仮縫いが終わる迄王都に居ないといけなくなるな」
「今回の分の仕上げもあるから、次回迄はまだ間があるわ。一旦街に戻っても大丈夫」
「そうさせて貰うよ」
試着が終わり、元の服に着替えると、アトリエの隣にある応接スペースでインゲ女史から茶を振舞われた。疲れた心と躰に、香り高い茶が染み渡る。あっという間に飲み干すと、ほっと息を吐いた。
「インゲ様、今回の異国風衣装、随分と入れ込んでますね」
「そうなのよ! 西の辺境伯様から、息子を受け入れる代わりに隣国の布地を大量に融通して下さるって言うんで、もう張り切っちゃって!」
「ああ、そういう事……」
一応、バカ息子にも利用価値はあった様だ。