長老の家
夕食の席で、協会幹部から進捗状況を問われた。
「此処の瘴気溜まりは瘴気の範囲も濃さも、今迄浄化したものでは一番酷いな。新しい浄化法を試しながら進めているが、時間が掛かりそうで骨が折れる」
「それ程か……では、浄化完了までの見通しも立たないか」
「まだ試行錯誤しながらだが、今日一日で全体の一割は浄化出来た」
「なら、順調にいってあと九日か」
「慣れればもっと早いかも知れないが、どんなアクシデントが起こるかも分からない。何とも言えないな」
配給の堅いパンをスープで流し込みながら、打ち合わせを進める。まだ未知数の新術では、そうそう希望的観測は口に出来ない。
「魔物の討伐はどうなんだ?」
「冒険者の参加人数が伸びないんだ。本部から梃子入れして貰うしかないな」
町の協会支所を見るに、現場の懸念は分かる。不慣れな支所長と、派遣された助っ人の体たらくぶりには、呆れると共に危機感を覚えた。早く本部からの増援が来るといいが。
翌日以降は、淡々と浄化作業を進めて行った。初日と同じ様に騎獣で湿地帯の端まで行き、橇を押して瘴気溜まりの中心部に向かう。帰りは逆を辿って前線基地まで戻った。
最初は発動するだけでフラフラになった白炎障壁だが、回数を熟す毎に手慣れていった為か、魔力の消耗も減った。魔力操作の効率が上がったのだろうか。
ステフやライの補助もあって、魔力切れで倒れる破目にはならずに済んでいる。術の威力も上がって、一回に浄化出来る範囲も少しずつ広がっていた。三人に少し気楽な空気が流れる。
「このペースなら、当初の見積もりよりも早く浄化完了出来そうだね」
「そう上手くいくかな」
「イケるイケる!」
休憩中、気楽な調子で明るい見通しを口にするステフに、軽く反論してみるが、全く意に介さずに躱された。ちょっと不貞腐れて、両手をポケットに突っ込むと、何かが手に当たる。
「他人事だと思って……」
「大丈夫じゃないか? それより、ソレどうするつもりなんだ?」
ポケットの中身を取り出すと、初日に協会幹部から受け取った長老の家の鍵だった。そのまま雑談しながらの手慰みに弄んでいたのを、ライに見咎められたのだ。
「いや、入れっ放しだったから、何となく」
「浄化が終わったら、一度見に行こうよ。オレ、楽しみだな」
「ヴィルの元いた家か。懐かしいんじゃないか?」
「住んではいたけど、俺は孤児だし、あれは長老の家だ」
「素直じゃないー」
ライは苦笑し、ステフはイイコイイコと頭を撫でてくる。少しムッとして二人から顔を背けた。
その後、ステフの言った通り当初の見積もりよりもずっと早く浄化は完了した。夕食後に、村外れにある元長老の家に行ってみる。貰った鍵を差し込むと、軋んだ音を立てて扉が開いた。
室内は、出て行った当時と殆ど変わり無かった。食料品等は片付けられていたが、他は手付かずの様だ。閉め切られていた為か、空気が澱み埃っぽい。軽く咳き込みながら窓を開けて回る。
「小さな家だねぇ」
「俺と長老の二人暮らしだったから」
「こっちは誰の部屋?」
「長老の。俺の部屋はあっち」
ステフに問われるまま答え、元の自室に案内する。簡素な寝台と箪笥、物入れがあるだけの安宿と似た様な部屋だ。後からライも続いて部屋に入って来た。
「子供部屋にしては寝台が大きいな」
「元はこの部屋で俺の母親を保護していたらしいよ。俺は此処で生まれたって聞いてる」
「此処で……」
ライも感慨深い様子で寝台を撫でた。それを横目にボスンと寝台に腰掛けて、物入れを探る。確か、この棚に母親の遺品を置いていた筈だ。
「あった……」
「何? 御守り?」
「ああ。唯一残ってる母親の形見だ」
それは楕円形の土台に細やかな装飾を施した、小さな御守りだった。短い鎖が付いていて、鞄等に下げられる様になっている。
「それ、見た事あるぞ。王都の神殿で売ってる信者向けの御守りだな。よくある量産型のヤツだ」
ライに言われて、手の中の御守りを見る。母親が王都に居た元聖女だったのなら、神殿で売っていた御守りを持っていても不思議ではないだろう。
「記憶では、それ、蓋が開いて中に聖女の肖像画が入ってるんじゃなかったかな」
言われるままに御守りの側面を探り、蓋を開けてみる。中には、確かに肖像画が入っていた。但し、聖女のではない。正確には、聖女一人ではない。聖女と誰かとの二人が描かれていた。そして、髪が一房入っていた。聖女と同じ金髪だった。
「これ……俺の両親かな……」
「そうじゃないか?」
「良かった……父親、あの神官長じゃない!」
「同じ髪色だし、絵が小さいし、分からないぞ。奴の若い頃かも」
「幾ら何でも、あの老人とこの絵の若い人とが同じ人とは思えない」
神殿に囚われた時、その髪色から自分の父親を神官長と思った。その憶測が外れていたかも知れないのだ。有難い。
「でも、神官長が父親じゃないにしても、血縁は有りそうだよな」
「あの執着ぶりからいって、間違い無いよね」
ライとステフが口にする憶測をぼんやり聞きながら、手の中の肖像画を眺め続けた。