白炎
「はぁ……キツイ……」
集中力が途切れ、溜め息混じりに呟いた。長期間放置された瘴気溜まりは、並の魔力放出ではなかなか浄化し切れない。午前中いっぱい掛かって、自分達の居る橇の周囲を極僅かに浄化出来た程度だった。
「今迄みたいに、単純な魔力放出だけだと全部浄化し切るのに何時迄掛かるか分からないな。埒が明かない」
思わず口を突いて出た愚痴と共に疲れた躰をどかっと投げ出し、橇の上に座り込む。そして、そのまま小休止になった。ステフとライも各々橇の上に腰を落ち着け、躰を休める。
以前に浄化した未発見ダンジョンの中にあった瘴気溜まりも、放置期間が長く瘴気が濃くなっていて浄化に苦労したが、此処のはそれ以上だ。浄化の終わりが見えない。
「じゃ、瘴気溜まりを焼き払ってみるか?」
ライが冗談めかして言い、掌から炎を出して見せる。それを橇の周りにぐるりと展開させ、短い詠唱で周囲に押し広げた。
「火炎障壁」
燃え広がった炎は、瘴気の浄化こそ成せなかったが、中から湧いた魔物を薙ぎ払いつつ進み消えていった。流石は火術の第一人者、強力な術だ。
「そんな高度な術、俺でも出来るのか?」
「魔力の質が違うから同じにはならんだろうが、似た形には出来るんじゃないか? ヴィルは飲み込みがいいし」
「え?」
「それ迄自覚も無く垂れ流しだった魔力を、短期間の訓練でモノにして浄化まで熟して見せただろう?」
「言われてみれば……」
それから暫く、ライから術のレクチャーを受けた。ライが掌から炎を出す様子を観察し、同じように魔力を掌に溜め発動させる。出たのは、炎に似た形の白い魔力の塊だ。
メラメラと揺らめくその炎に似た物を無造作に瘴気溜まりへ投げつけると、ジュワッと瘴気が蒸発する様に消える。ただ魔力を流すよりも威力が有りそうだ。
「俺の癒し系魔力だと、炎も白くなるんだな」
「さしずめ白炎ってところか。格好良いじゃねぇか」
ライから笑い含みに言われて、少しムッとする。隣でステフも頻りに術を真似ているが、掌に魔力を溜める迄は出来ても炎の形にはならなかった。
「ヴィル、器用だね。習った通りに直ぐ出来て」
「昔から模倣は得意だったよ」
思えば、今迄の暮らしは全て誰かの模倣で成り立っていた。長老から家事等の暮らしの術を習うのも、冒険者ウルリヒから冒険者としての基礎を学ぶのも、その背中を見て真似る事で身に付けたのだ。
「じゃあ、次に進むか」
ライが炎を出し、周囲にぐるりと壁の様に展開する。その様子を再びよく観察し、魔力の流れを攫む。ライが炎の壁を消した後、同じ様に白炎を周囲に展開させ詠唱する。
「白炎障壁」
白い炎の壁は勢い良く瘴気溜まりに広がり、ジュウジュウと瘴気を消していった。使う魔力は少し多いが、断然こちらの方が効果的だ。だが、魔力がごっそり抜けていき脱力感が強い。
「ふぅー……魔力の減りが半端ない!」
「無理しないで、コレ飲んで休もう」
くらっと立ち眩みを起こした処をステフに支えられ、差し出されたマジックポーションを呷る。相変わらず不味い。青臭い後味に眉根が寄った。
ステフに支えられたままその場に座り込むと、まるで座椅子に座る様にステフの膝に横座りする格好になった。ステフに触れた処から魔力が巡り、回復促進には丁度いい。
「ヴィル、魔力譲渡もするからこっちにも寄れよ」
ライがステフごと抱える様にぴったりくっついて座り、躰を引き寄せる。男二人分の膝がまるで寝椅子の様で、ゆったり横たわった。人が魔力不足でふらついているからと、好き放題してくれるものだ。快適だから、まぁいいか。
ライからも魔力がじわりと伝わって来る。火属性特有の、熱くてピリピリと痛いくらい刺激の強い魔力だ。慣れと、ステフによる魔力循環で薄められて、なんとか耐えられる。
「先刻の白炎障壁、後何発いける?」
「うーん……魔力全開には程遠いし、今日は後一発が限度かな……全開だったら二発はいけそう」
「じゃ、ポーション回復込みで一日三発か……帰りに上からどれ位浄化範囲が広がったか、確認してくれ」
「了解。漸く先の目処が立ったな」
そのまま三人が団子状態で休憩し、携帯食を齧りながら水を飲む。荷物が二人の背後にある為、食べるのも飲むのもステフとライが世話を焼いた。魔力切れの目眩が続いていたので、有難く世話になっておく。
「そろそろやるか」
「ああ」
休憩後、また橇の上に立ち、構えて術の発動準備に入る。ステフとライは、休憩中から引き続き魔力循環と譲渡を担う。先程と同じく掌に白炎を出し、周囲に展開する。
「白炎障壁」
一発目より慣れたのか、発動もスムーズだし浄化範囲も広く感じた。魔力の消費量は相変わらず多い。
その場で少し休み、目眩が治まってから橇を押して戻り騎獣達を呼んだ。前線迄戻りがてらヒューイを飛翔させて瘴気溜まり全体を眺める。浄化部分は、全体の一、ニ割程だろうか。
「どうだった?」
地上に戻ると、セスに騎乗したライに聞かれた。これにステフが返答する。
「ニ割弱、くらい?」
「何だよ、自信無さそうに」
「いや、瘴気溜まりが広過ぎて……結構、広範囲に浄化したどう思ったのにさー」
「浄化したのはヴィルだろうが」
「そうだけどー」
二人の掛け合いを眺めながら、後何日掛かるだろうかと詮無い事を思った。