湿地帯での浄化
夕食後は、明日に備え早めに休もうとテントに戻った。持ち込んだテントは二人用だから、三人で入るとぎゅうぎゅう詰めだ。思わず本音が口を突いて出る。
「狭い」
「でも、テントってあまり大きいのも使い勝手良く無いし」
「いいじゃねぇか、仲良くしようぜ」
その呟きに、両側からほぼ同時にツッコミが入った。何だかんだ言って、ステフとライは気が合うのかも知れない。
「ヴィル、もっとこっちおいでよ」
「そっち狭いんだろ? 俺の方もっと来ていいからな」
それから暫く、ステフとライの牽制し合う様な引き寄せ合戦があり、双方から延びた腕が躰にぐいぐいと絡み付く。やがて、ステフが肩、ライが腰とそれぞれ腕の納まり処を見付けると静かになった。
テントの入口付近には、中に入れなかったデューイとルーイが丸まって休んでいる。ステフのに方からは寝息が聞こえてきた。ライからは聞こえて来ない。
「ライ、眠れないの?」
「こっちの台詞だ。ヴィルこそどうした、寝れないのか?」
「うーん……確かに、普段より寝付きは良く無いな。色々思い出して、ぐるぐるするからかも」
「俺が寝付け無いは只の下心だ。気にせず寝てくれ」
「余計、眠れなくなるだろ……」
呆れて溜め息を溢すと、ライがくくっと笑うくぐもった声がした。それから蟀谷に唇の感触が当たる。
「巫山戯てないで寝ろって」
「このくらい大目にみろよ。オヤスミ、ヴィル」
「ああ、おやすみ」
無理矢理目を閉じて、呼吸をわざとゆっくりすると、漸く眠りの気配が訪れた。
翌朝、二重に絡んだ腕を押し遣り身を起こすと、緩めた装備を整える。程無く起きたライとは異なり、ステフは相変わらず寝起きが悪い。入口からルーイを呼び込むと、ステフを刷り込みの親認定しているルーイは大喜びでベロベロと顔を舐め回した。
「うわっ、ルーイ! 分かった、もう起きる、起きるからっ‼ やめっ……」
大騒ぎするステフを横目に、身支度を終えたライが一足先にテントを出た。朝食の確保に向かったのだろう。デューイがその後に続く。
欠伸を噛み殺しながら身支度するステフに、櫛を取り出して髪を梳き寝癖を直してやる。ステフはお返しにと、何時もの様に梳った髪を紐で結ってくれた。
村の広場に出ると、朝食のトレーを持ってライが待っていた。
「ヴィル、ステフ、こっちだ」
よくある椅子代わりの丸太を並べた食事スペースとは異なり、素朴な造りの食卓と椅子がある。魔物に破壊された家から持ち出した物だろう。
ライの向かい側に腰を下ろすと、デューイが朝食トレーを前に置いてくれた。お礼に、パンと肉片をやる。デューイは口をモグモグさせたまま、ルーイと連れ立ってヒューイの所に行った。ヒューイは例の如く狩りに行ったろうから、お裾分けが貰える。
朝食の席に、協会幹部達もやって来た。大規模討伐での食事は大抵が幹部との打ち合わせを兼ねている。
「では、『紅刃』と『翠聖』ステフの三人は、今日から浄化を最優先で行ってくれ。進捗状況やらは、また夕刻に。魔物の討伐は他の冒険者達で当たる」
「了解」
「任された」
「頑張るよ」
ヒューイを呼び、昨日確保した湿地帯用の橇や履物を載せ出発した。ヒューイで上空から泥濘んでいない道を探し、ルーイに中継させてセスを誘導する。そうして、瘴気溜まりのある湿地帯の畔に辿り着いた。
ヒューイから降り、橇と履物を外す。ヒューイに周辺の魔物を狩るよう指示してデューイやセスと共に行かせた。ルーイは上空で待機させる。
「その網籠みたいなの、何?」
「これは湿地帯で足が沈み込むのを防ぐ履物だよ。こうして靴底に着けて上から紐で結ぶんだ」
履物を装備して、湿地帯に立った。橇を押しながら低い姿勢で進む。
「この橇、必要か?」
「これは湿地帯で漁する時の橇なんだ。浄化が長丁場になるだろうから、休憩したりする沈み込まない足場は要るだろう」
「成る程ね、流石は地元民」
「昨日から何だよ」
ルーイと連携して、瘴気溜まりのほぼ中央を目指す。結界を張りつつ進み、湧いた魔物はステフとライが滅した。慣れない泥濘と低い姿勢で、歩みは遅くなる。
「はぁ……湿地帯って想像以上にキツイ」
「俺も久しぶりで辛いよ」
「こんな泥濘、騎獣も嫌がるぜ」
ルーイが「ギャオー」と鳴いて、瘴気溜まりの中心に着いた事を知らせる。橇を据え置くと、浄化に入った。今回は、魔力循環役のステフと、魔力譲渡役のライの二人掛かりで補助に付いてくれる。浄化範囲は過去最大級だが、休み休み熟そう。
橇の上に腰を落ち着けると、周辺に広く薄く魔力を流していった。