元地元民の利
村長宅の居間には、前線詰めの協会幹部数人がいて、大きなテーブルを囲み話し合いの最中だった。テーブルの上には、町で渡されたものと同様の周辺地図が載っている。ライやステフと共に空いた席に着くと、幹部の一人がこちらへ視線を寄越した。
「是迄の状況は聞いているか」
「町の居残り連中からは世間話程度の情報しか聞いてない」
「はぁ……全く彼奴等は……よし、説明するから、質問は後で」
溜め息混じりの協会幹部からされた説明によると、今回の魔物大量発生はかなり前からその兆候があったらしい。協会に寄せられた依頼状況からも、警戒レベルが上がっている事の警告が本部から出されていたそうだ。
ただ、本来主導的立場にある筈の地元協会員や当事者の村人達に危機感が薄く、手を拱いている間に被害が拡大し、村の壊滅に至ったらしい。
瘴気溜まりも、一部が沼の上に掛かっているが、中心は沼より向こう側にあるという。そこまで広がる前に対処すれば、村の壊滅も避けられただろうに。
「取り敢えず、今の処は辛うじて魔物の勢いを削ぐくらいは出来ているが、瘴気溜まりが拡大すれば、均衡は崩れる」
「なら、浄化は待った無しだな。この後直ぐにでも偵察に行ってくる」
「頼んだぞ」
村長宅を出て、狩りに行ったヒューイを呼ぶ。暫く待つと、大きな両生類型魔物を咥えたヒューイが戻って来た。
「ぎゃっ‼ ヒューイ、何ソレ⁉」
見慣れない両生類を目にして、ステフが仰天して叫んだ。デューイとルーイは喜んで寄って行き、お相伴に預かる。
「ステフはああいった魔物を見た事無かった?」
「トカゲ? カエル?」
「両生類だよ。沼によくいる」
湖沼地帯ではありふれた両生類型魔物も、街の近くでは滅多に見ない。内陸育ちのステフはカエルやイモリくらいしか見た事が無いのだろう。
「此処ら辺りでは、あんなのばっかりだよ。これから偵察に行くけど、ステフは待ってる?」
「……行く」
かなり間が空いたが、行くと言うので、ステフと一緒にヒューイの背に乗り込む。
「じゃ、行って来るから、後は宜しく」
「おう」
ライに後を頼んで、ヒューイを走らせた。
軽く助走をつけ、ヒューイは軽やかに飛び立つ。上空から、魔物の分布や瘴気溜まりがよく見えた。魔物の湧きは落ち着いているようだが、瘴気溜まりは規模が大きい。今迄、浄化してきたものの中でも一、ニを争う大きさだ。
何時もなら積極的に前へ出て偵察任務を熟すステフだが、先程の両生類ショックから抜け出せないらしく、背中に貼り付いて怖々と下を覗き込んでいる。
「ほら、瘴気溜まりだ。かなりの大きさだな」
「今迄で一番大きいかもね」
「瘴気溜まりの中心は湿地帯か。足元の対策が要りそうだ」
「板でも持ち込む?」
「いや、もっといい物があった筈だ」
村に引き返し、ヒューイから降りると村長宅に直行した。ヒューイは自主的に騎獣用の水場に行った。冒険者の待機場所になっている広場にテントを張っていたライが、ヒューイに気付きこちらへ向かって歩いて来る。
「偵察した感じ、どうだった」
「瘴気溜まりが過去最大級な上、湿地帯にある」
「あぁー……まぁ、水の上よりはマシだな」
村長宅に入ると、中の協会幹部に報告をする。協会幹部も概ね反応は同様だ。
「村の共同納屋は残ってますか」
「納屋? ある物は自由に使ってくれと言付かっているが、納屋ね……」
協会幹部はピンと来ないようなので、勝手に家探しして鍵を取り出した。子供の頃から、何かと仕事を言い遣っては其処の鍵を取り出すのを見ていた。置き場所は変えていなかったらしい。
「何だ、勝手知ったるって感じだな。『翠聖』はこの村の縁者か?」
「此処の出身だ。但し、もう十数年は離れていた」
「それで、その共同納屋に何がある」
「湿地帯用の橇と履物があった筈だ」
鍵を持って外に行こうとすると、協会幹部の一人が呼び止めた。
「待て。『翠聖』はこの村の出身と言ったな。元長老の家の子か? だったら、此処の村長から言伝てと鍵を預っている」
そう言うと、鍵を手渡された。鍵に見覚えは無い。
「その鍵は、元長老の家の鍵だと聞いている。扉を直した時に鍵も付け替えたそうだ。言伝ては、村長は隣村に身を寄せているから、討伐後に時間がとれるなら会いたいと」
手渡された鍵を見ながら、少し回想に耽る。村長は長老と並び、村で何くれとなく面倒を見てくれた人だ。 会いに行くくらいはしてもいいだろう。
礼を言って鍵を受け取ると、それは仕舞っておき、先に懸案事項を解決するべく共同納屋に向かう。共同納屋は、あの夜の暴力行為の舞台だ。もっと嫌な気分になるかと思ったが、目の前にしても何の感慨も浮かばなかった。
共同納屋は魔物の襲撃を受けて外壁の傷みは目立つが、造りが頑丈なのか村長宅と同じくしっかりと建っている。鍵を開けて中に入ると、目当ての湿地帯用橇と履物を探した。記憶にあった場所とは少し違っていたが、必要な物を確保出来た。
橇を抱えてテントに戻ると、中で小休止していたライがそれを見咎める。
「何ソレ」
「湿地帯用の橇と履物。村の共同納屋からとってきた。瘴気溜まりが湿地帯にあったから要ると思って」
「成る程ね。流石は地元民」
軽口を叩きながら、食事の配給場所に皆で移動する。その日の夕食は、何だか懐かしい味がした。