東へ
翌朝、早くに街を出発した。王都から来る上級冒険者達を待っても良かったが、漏れ聞こえる逼迫した現地の状況を鑑み、少しでも早く現地入りした方が良いだろうとの判断だった。
見送りに出て来てくれたランディにウルリヒを預け後を頼み、騎獣の翼犬ヒューイに飛び乗る。続いてステフと大猿デューイもヒューイの背に乗った。ライは騎獣の大山猫セスに乗って先導し、羽根竜ルーイはフヨフヨと飛びながら追随する。一行は一路、東を目指し旅立った。
よく薬草の採集に行く東の森を通り過ぎ、更に東へと進む。大陸中央平原の東西を横断し東部大森林に至る街道を直走った。
街の東側は、荒れ地が続く西側とは対照的に、緑豊かな草原や木立が緩い起伏の平原に点在している。ヒューイの背から眺めるこの道は、以前とぼとぼと年長の冒険者に連れられて歩いた道とは違って見えた。
「ああ、この道は……久しぶりだ……」
「通った事あるの、ヴィル」
「一度だけな。街に出て来る時、通った」
思わず口をついて出た言葉に、ステフが反応する。それに言い訳する様に返答した。否応なく、過去の記憶が喚び起こされる。
「いい機会だ。今迄、話しそびれていた俺の生まれ故郷の話をしようか」
「じゃあ、休憩の時にでも、ゆっくり聞かせて」
ヒューイの背では、風の音や揺れで落ち着いた会話など望めない。それに、どうせ話すならライも交え、一遍に済ませた方がいいだろう。丁度日が中天に差し掛かる頃、食事を兼ねた長めの休みをとる時に、件の昔話をする事にした。
街道脇にある休憩スペースで足を停め、躰を伸ばしたりしながら一息つく。水袋からぬるい水を飲み、渇いた喉を潤す。他に旅人も見当たらず、我々の貸し切り状態だ。思い思いの場所に陣取ると、携帯食を齧りながら話し始めた。
「これから向かう東の湖沼地帯は、俺の生まれ育った村がある所だ。俺の母は、腹に子を宿したままその村に流れて来たらしい。村の長老である婆様が妊婦の母を保護した時には、もう生まれる寸前だったそうだ。無理が祟ったんだろう、俺を産んで間もなく亡くなった」
「王都の聖女様が、そんな最期を……」
聖女に思い入れのあるらしいライは、彼女が子の誕生と引き換えに命を落とした事に息を呑み、そう溢した。
「俺はそのまま、長老に引き取られた。彼女が亡くなる迄、其処で面倒見て貰ったんだ。読み書きや家事全般、生きる術は殆ど長老が教えてくれた」
「その長老様は、ヴィル達親子の恩人だね」
「そうだな。長老には感謝してる」
話しながら、相槌を打つステフや、言葉無く俯き聞き入るライを見遣る。街道脇の休憩スペースに茂る木立の隙間から、草原を渡る風が吹き込んで来た。顔を上げると、日に透ける葉の緑が目に優しく映る。
「村は僻地に在りがちな小規模の集落で、孤児は俺だけだった。長老の保護はあるとはいえ、目の届かない処では酷い扱いも受けた。大人も子供も、どいつもこいつも俺を見てはベタベタと触りたがる。一体、何なんだか」
「……ゴメン。オレ、その気持ち分かるかも」
「まぁ、それは置いといて……酷い扱いの最たるものが、長老の亡くなった後だ。夜になって、村の外れに連れ出された俺は、男共に取り囲まれて、手籠めにされかけた」
「「ええっ⁉」」
二人が凄い勢いで振り返り、目を見開く。慌てて宥める様に言い足した。
「勿論、抵抗したさ。手を出してきた奴の急所を蹴り上げて、そのまま囲みを潜って逃げ出した。暗い中、必死で走った」
「そうだったんだ……」
「着の身着のまま村を出奔した俺は、降り出した雨の中を宛ても無く彷徨って、森の中に灯った火明かりに気が付いた。近付くと、洞窟があって、その入口付近で雨宿りしながら焚き火をしている冒険者と出会った。その人がウルリヒ。俺の第二の恩人さ」
「ウルリヒ?」
「そう、ウルリヒの名前はその人から貰って付けた」
「そっか……そんな由来があったんだ……」
そう噛み締める様に呟くステフに、ふわりと微笑みかけた。
「その冒険者ウルリヒに保護されて、その辺りでは中核的な町に連れて行って貰った。其処で冒険者協会に登録したんだ。まだ成人前だったけど、サバ読んで」
「本当は幾つだけの?」
「いや、もうすぐ成人するのは確かだったから、ほんの数ヶ月の事さ。大した事無い」
言い訳がましく言うと、ステフからジットリと横目で見られた。
「その町が、これから行く冒険者協会の支所がある所さ」
「成る程……それで先刻懐かしい様な事言ってたんだね」
「町で登録してから、冒険者ウルリヒに付き添って貰って、初心者指導を受けながら街に出て来たんだ。俺はそのまま街を拠点にして居付き、ウルリヒは次の依頼があって去って行った。それきり、会って無いな……」
懐かしい人の顔を思い浮かべ、遠い目になった。