遠征準備
ステフとライ、ウルリヒを連れて家を出る。従魔達は食休み中だから置いて行った。
冒険者協会に顔を出すと、直ぐ様奥の部屋へと案内された。間を置かず、支部長始め幹部数人もやって来て、今回の依頼概要が説明される。
「討伐対象地域は、聞いての通り東の湖沼地帯だ。其処の町にある冒険者協会支所が、今回の大規模討伐の本部となる」
「出発日は?」
「なるべく早く、としか言えん。現地ではもう相当の被害が出ていて、壊滅状態の村もあるらしい」
「壊滅……」
思わず二の句が継げない状態に陥り、代わりにライが支部長と話す。
「壊滅的被害となると、魔物も相当強い個体がいるって事だな。魔物の種類とか、瘴気溜まりの規模とかの情報は来ているのか?」
「両生類型と鳥類型は出ているらしいが、何がどのくらい出たかは分からん。細かい事は現地で聞いてくれ」
「了解」
「後、質問は」
「現地で聞く」
「あはは……頼んだぞ」
余り詳細は聞けなかったが、それだけ現地が混乱しているともとれる。準備が整い次第、出る事にしよう。あまり長引かない事を祈るしかない。
遠征用の買い出しをして帰ろうと、雑貨屋を覗く。細々とした消耗品は揃ったが、ポーション類の在庫が無かった。手持ちの分だけでは心許ない。
「職人組合に寄って、ダールにポーション類を融通して貰えるか聞いてみよう」
「ダールさんなら、ヴィルが頼めば直ぐだよ」
「余計な事を根掘り葉掘り聞くだろうがな……」
ステフは気楽に言うが、ダールに借りをつくるのはこちらの精神衛生上後が怖いのだが。まあ、その時はダールのあしらいをステフに任せよう。
職人組合に行くと、顔を出した端からダールが飛んで来た。受付より早い。
「よく来たなーウルちゃーん」
「だぁ」
「おお! もう名前覚えてくれたんだんだ。賢い子だなぁ」
ダールは連れて来ていたウルリヒにメロメロだ。突っ込み処満載だが、何も言うまい。ダールがこの調子なら、貸し借り無しでポーション類を融通して貰えるだろう。
「ダールさん、ポーション類を売って欲しいんだが」
「おう、いいぞ! 家に寄って行ってくれ」
「組合には持って来てないのか?」
「どうせなら、作り立てを持たせてやるよ」
ダールの先導で、ぞろぞろと組合を出て街の北側ヘ向かった。
「そう言えば、昨日ヴィル達が来たってイルから聞いたんだが」
「ああ、偶然辿り着いて」
「普通なら見えない森なんだがなぁ」
「ダールさんも偶然見つけたクチだろう? これから行くのも、その庵なのか?」
「いや、俺の家だ」
着いた先は、街の北地区によくある大きな邸で、敷地の裏手には森が広がっている。あの庵がある森だろうか。
「森の庵がアーヴァインので、この邸がダールの持ち家だとすると、二人は別居なのか?」
「そんな訳あるかっっ‼ 庵はイルの作業小屋だよ。二人でこっちに住んでる」
ちょっと誂うと、ダールは猛然と反論してきた。アーヴァインはダールの泣き所という事か。しめしめ、良い事を聞いた。これからは、ダールの煩いゴシップ漁りはこれで躱せるだろう。
ダールの邸は大きいが古く、あちこちガタが来ているのが見てとれる。きちんと手を入れていて、居心地は悪くない。案内された居間と覚しき部屋には、寛ぎスペースと作業スペースが混在していた。
「せっかく広い家に住んでいるのに、居間と作業部屋を分けないのか?」
「最初は分けてたんだが、いつの間にか一緒くたになっててなぁ」
如何にもダールらしい理由だった。邸の広さが全く活かせていない。
ダールは作業スペースにある棚から、ポーション類の詰まった箱を取り出し台に置く。
「そら、要るだけ持って行け」
「有難い。価格は店売りのものと同額でいいか?」
「いっぱい買うなら、割引するぞ」
商談している間、ウルリヒは薬草の詰まった棚や調薬道具の載ったを、キラキラした目で見ていた。話が終わり帰る段になっても離れ難いらしく、作業台に貼り付いていた。
「ウルはどうやら薬師の仕事に興味があるらしい」
「だね」
「大人しく見入っていたからな」
口々に感想を言い合う横で、ダールから調薬道具を持たせて貰ってウルリヒは満面の笑みを浮かべている。
「ウルちゃんが調薬を覚えたいのなら、俺が教えてやるぞ」
「大きくなってもまだ興味を持ってたらお願いするよ」
目尻を下げてウルリヒを見送るダールに暇を告げて、我が家ヘ戻った。
また明日から、討伐遠征が始まる。もう戻る事も無いと思っていた因縁の地へと想いを馳せ、眠りについた。