新たな浄化依頼
誤字修正しました(;^ω^)
その夜、泣き付くステフやウルリヒを宥めつつ、寝室に親子三人川の字で眠りにつく……とはいかなかった。いや、寝室で川の字にはなっている。但し、親子三人では無い。
まず、抱いていたウルリヒが眠るや否や、デューイがさっさと奪い取り屋根裏へ連れて行ってしまった。従魔達は常日頃の習慣に忠実だ。なら、何時も通りにステフと休もうと寝室に向かうが、何故かライまでくっついて来て一緒に寝入っている。
一体何なんだ、どうしてこうなった。
両側からぎゅうぎゅうと抱き付かれて、寝返りも間々ならない。依頼期間中のテント内では、よくこの様な状況になったが、家でまでこうなるとは思わなかった。
「ライ、一体どういう了見だ?」
「ヴィルが飛び出して行って、皆、凄く心配したんだ。勿論、俺もな」
「……それで?」
「戻って来ても、そうすぐには心配が消えない……と、そう思わないか?」
「別に」
「した側はそうでも、された側は違うんだ。心配が消える迄、安心料だと思って受け入れろ」
ライの言い分は、屁理屈にしか聞こえないが、何を言っても引き下がる気は無さそうだ。がっしりと抱き込み密着してくる。ステフも張り合う様にべったりだ。諦めと共に、大きな溜め息が溢れた。
「ねぇ、ヴィル……何であんなに怒ったの?」
暫くして、ステフが耳元で囁く様に聞いてくる。
「俺にもよく分からないんだ。故郷の話とか、親の事とか、そういう話題になると無性に腹が立つ」
「うーん……それが理由だったら、ヴィルにとって故郷絡みの話は、よっぽど嫌な事と結び付いているんだね」
「嫌な事、か……」
確かに、自分にとっての故郷と言える場所には、碌な思い出が無い。楽しい事が無い訳ではなかったが、特にその故郷を出るに至った経緯が最悪だ。何れはステフやライにも話そうとは思うものの、なかなか踏ん切りがつかない。
「今が穏やかに暮らせて幸せだから、あんまり過去を蒸し返したくないんだろうな」
「ヴィル、幸せ?」
「ああ」
「オレも……」
話すステフの声が途中で寝息に変わり、つられて意識が遠退く。ゆるゆると眠りに落ちていった。
翌朝、絡み付く腕を抜け出して身を起こすと、案の定、全身が強張っていた。川の字の真ん中は躰があちこち凝って仕方ない。首や肩をコキコキと回して解しながら寝室を出る。
眠りが浅かったのか、身支度する間も朝食を作る時も、ずっと欠伸が止まらなかった。そうこうするうちに、ステフ達も起きて来た。ライはともかく、寝穢いステフがすんなり起きるとは驚いた。前後して、起きたウルリヒをデューイが連れて来る。
窓から厩舎を眺めると、従魔達が食事していた。またヒューイが自主的に狩りをして持ち帰り、仲間にお裾分けしているのだろう。ウルリヒに付き添っていたデューイも、遅れてその輪に入って行く。
ウルリヒの離乳食を作ったところで、小型通信魔道具が鳴った。残りの朝食作りをステフに引き継ぎ、ウルリヒに食べさせるのをライに頼むと、魔道具を操作して応答する。
「ヴィルヘルムだ」
『こちら冒険者協会ですが、ヴィルヘルムさん始め上級冒険者の方々に指名依頼が入りまして、お知らせしています』
「指名依頼?」
『はい。また瘴気溜まりが見つかりまして、大規模討伐の動員が掛かっています』
「場所は?」
『東の湖沼地帯になります』
ひゅっと息を飲む。よりによって、討伐地域が出身地の近くだとは。昨日あった一連のことは、この前触れだったのだろうか。
『詳しくは、街の冒険者協会でお話し致します。なるべく早くお越しください』
「了解」
魔道具での通信を終え、出来上がった朝食を食べながら話す。
「依頼が入った。また瘴気溜まり関連の大規模討伐だとさ」
「瘴気溜まりって事は、ヴィルは浄化だね。ライ達も指名が来るんだろうな」
「勿論、ステフも行くだろう?」
「ヴィルが行くなら、当然!」
ステフと話す横から、ライも口を挟む。
「場所は何処だって?」
「東の湖沼地帯」
「え、其処って……」
ライは記憶力がいいのか勘が鋭いのか、場所を言っただけで察して口を噤んだ。昨日の今日で、また揉めるのを避けたのかもしれない。故郷の話なんて、随分前に依頼で遠方ヘ出向く時、一度話したきりなのに、よく覚えていたものだ。
ステフは元々気配りに長けているからか、余計な事は言わずさっさと食べ終えて出掛ける支度を始めた。
「取り敢えず、協会で依頼説明を受けて、登録だけ済ませよう。ウルも預けなきゃならないし」
「じゃ、ランディに通信しておくね」
「妊夫にあまり負担を掛けたくないから、依頼が早く終わるといいな」
依頼を受けても、すぐには出発とはならないし、一家で連れ立って出掛ける事にした。