一番楽しい時期
ゆらゆらと水面に漂うような微睡みから、徐々に目覚めていく。このところ、意識を飛ばすような状況にばかり陥るな、と自嘲的に思う。辺りを見回し、テントの中でステフと寝かされているのを見てとると、考えを巡らせる。まだ前線に留まっているならば、戦況はどうなっているのかと気になった。暫くじっとしていると、テントの外に人の気配がして、中を窺っている。
「誰?」
「起きたのか」
『紅刃』がテントに入って来て、隣に腰を下ろす。見たところ、怪我などはしていないようだ。自分やステフの消耗具合と比べ、格の違いが際立つ。やはり、上級冒険者の名は伊達ではない。
「今、起きたところ。状況はどうなってるんだ?」
「瘴気溜まりが消えたおかげで、魔物の湧きは治まった。ヴィルの手柄だな。後は残りを浚えるだけだろう」
「消えたのか、瘴気」
「自分じゃ分からんか。ヴィルがそいつを庇って瘴気溜まりに飛び込んでから、何だか知らんがすぅーっと消えてったぞ」
話を聞いても、実感はない。自分が何をしたのか、どうやって瘴気を消したのか、全く覚えていない。何も考えず、ただステフを救いたいと思って動いただけだった。
「ここへは『紅刃』が運んでくれたのか?」
「ああ、瘴気が晴れてから、セスと下に降りて回収した」
「ありがとう」
「何だ?やけに素直だな。それなら、そろそろ二つ名呼びも辞めてくれ」
「それは断る」
合同討伐クエストを無事終了して、街に戻る。その際に、協会の馬車を待っているところを再び『紅刃』に捕まり、セスに乗せられたりした。別れ際にセスを撫でてやるとゴロゴロと甘え擦り寄ってきて、飼い主より懐いているとぼやかれた。
今回、街をそんなに離れていた訳ではないのに、久しぶりな気がする。心なしか、街の空気が変わったように思えた。平穏な中に、不安を滲ませたような、微かな変化だ。
長丁場のクエストを終えたアベル達は、暫く休養するという。それならと、ステフを誘って中央広場に出掛けた。露店の細工師に会い、注文していたペンダントヘッドを受け取る。鎖もサービスしてくれて、長さを聞かれた。
「これ、ペンダントとアミュレット、どっちにもなるんだって。ステフはどっちがいい?」
「え、オレにもあるの?」
「石の加工で、二つに割れたから、二個作ったんだ。片方持っててよ」
「へへへっ、嬉しいな」
喜んでばかりで、どちらとも決めかねるステフに苦笑しながら、両方ペンダントにと細工師に告げる。細工師は訳知り顔で頷いた。
「付き合いたての一番楽しい時期なんですね、分かります!ごちそうさま」
「つ、付き合いたてって……」
「だって、これお二人の目の色でしょう?お揃いで持ち合うなんて、素敵!」
何の気なしに注文してしまった物が、そういった意味合いになるとは、考えていなかった。無意識に望んでいたのだろうか。ステフは顔ばかりか耳まで真っ赤になっている。品物を受け取ると、露店から早々に引き上げた。
広場の片隅に行って、空いたベンチに座る。ペンダントを渡すと、ステフは神妙な顔つきで受け取った。水色と緑色、二つの石が薄い金属片に並び、控えめな装飾が施されている。
「ヴィル、ありがとう。大事にする」
「こちらこそ。クエストの最中に、わざわざ石を見つけて持って来てくれて、嬉しかった」
「代わりに、と思って」
「代わり?」
「オレ、ずっと傍に居られないから、代わり」
聞いている方も言っているステフも、気恥ずかしくなってしまい二人して視線が泳ぐ。こんな何気ないことで、こんなにも心躍るなんて、今まで知らなかった。人と関わることは、ずっと煩わしくて苦痛なだけだった。それが、関わる人によってがらりと変わるのだと初めて知った。
ステフと居ると、今までと違う世界に生きている心地がする。出会った頃はただの厄介事のタネで、煩わしくて、さっさと関わり合いを切りたかった。それが、いつの間に変わったんだろう。
「ヴィル、これ付けて」
ステフがペンダントを渡して後ろ向きになる。鎖の留め金具を外し、ステフの首に回して後ろで留めた。同じようにペンダントを渡して後ろを向くと、鎖を留めながらステフが首筋に顔を寄せる。柔らかい感触がして驚き、背筋が跳ねた。
「ス、ステフ……な、何……」
「嫌だった?」
「ううん、嫌じゃない」
「なら、もっとしていい?」
「ここでは嫌かな」
ステフに手を引かれて、路地を歩く。人目につかない建物の陰に入ると、ステフの腕が背中に回り、包み込まれた。柔らかい感触が顔中に降ってきて、夢中でしがみつく。唇を合わせて、どちらともなく舌を絡めた。若い頃から何度となく受けてきたセクハラ行為と同じなのに、相手が違うだけで何故こうも心地良いのだろう。
それから暫くは離れ難くて、指を絡めながら手を繋ぎ街をそぞろ歩き、次の約束を交わした。ステフが約束して会いたいと言った気持ちが、今になって分かった。
生まれて初めて、人を好きになった。