街に帰ったら
「ヴィルー起きてるー? そろそろ夕飯だってさー」
ステフがテントに顔だけ突っ込んで呼ぶ。前線に戻り寝入ってから随分と時間が経ったらしい。かなり楽にはなったものの、まだ重い躰を無理矢理起こしてステフの方を向く。隣に居た筈のライは姿が見えなかった。眠っている間に何処かへ行ったのだろうか。
「まだ怠い? 広場まで行けそう? 無理そうなら夕飯、此処に持って来るよ」
「いや、起きる。ちょっと時間かかりそうだけど」
ステフに支えられてソロリと立ち上がり、テントを出ると食事を出している広場まで、並んでゆっくり歩いた。ステフとくっついているだけで、重怠い躰がスッと楽になる。負担を掛けているのだろうが、その心地良さに離れられない。
隣にいるステフの顔を見上げる。笑顔だ。何の含む処も感じない、翳りのないその表情を見ていると、負担を掛けているとか何とかは、要らぬ心配の様な気がしてくる。
夕食の時間もかなり終わり頃らしく人影の疎らになった広場で、協会幹部と話すライを見付け声を掛けた。
「ライ」
「お、起きたか、ヴィル。良く寝てたから起こさなかったんだ。一人にして悪かったな」
「別にそれは構わない。それより、今の状況を知りたい。魔物流出はどうなっている?」
「それについては、こちらから説明しよう」
話を引き取った協会幹部が、現在の状況をざっと語り始めた。それを聞きながら、ライの隣に腰を下ろす。ステフが配給場所から夕食のトレーを持って来てくれて、ライの反対隣に座った。トレーを膝に置き食事をしつつ、耳を傾ける。
「ダンジョン班の活躍で、魔物の増加は止まっている。フィールド班も順調に魔物を間引いているし、あと二、三日で討伐は完了しそうだ」
「なら、そろそろ街に引き上げてもいいか?」
「えぇっ⁉ それはちょっと……明日一日休養して構わないから、最後までいてくれ」
「早く帰りたいのに」
「討伐参加者達の士気に関わるんだ。頼むよ」
帰るのを協会幹部にアワアワと引き留められて、少し不満気に呟く。ウルリヒの顔が瞼の裏にちらついた。討伐や浄化の依頼で街を離れる度に預けられる我が子の、歳の割に悟り澄ましたクールな表情が思い出されて、遣る瀬無い。
参加者達の士気とか言っているが、自分一人が討伐に居る居ないがどれ程の影響があると言うのか。幹部連中の言い草は大袈裟だ。
「俺が居ようと居まいと、関係ないんじゃないか?」
「大有りだ‼」
反論してみるが、強い調子で返された。協会幹部の言い分はこうだ。今回の討伐参加者は大半が街の冒険者で、外部からの参加は殆ど無いらしい。因って、街の有名人である上級冒険者『翠聖』が討伐に居るのは、それだけで冒険者達のモチベーションアップになっている、と。
「そんな事あるのかな……」
「まぁまぁ、これでも食べて落ち着いて」
食事を摂る手がお留守になっていた処を、横からステフが世話を焼いてフォークを口元に持って来た。思わず、差し出された食べ物をパクリと飲み込み咀嚼する。すると、まだ居残っていた他の冒険者達がざわめいた。
「見たか⁉ ヴィルさんと伴侶の……」
「あれが噂の『あーん』か……」
「普段はクールビューティなのに、伴侶と一緒の時は甘々とか……尊い……」
「ギャップ萌え……」
外野が煩い。聞こえない、聞こえない、萌えとか甘々とか聞きたくない。
「ほら、この反響。ヴィルさんの一挙手一投足に街の冒険者達がどれ程心動かされている事か」
協会幹部の言に、ライが調子付いて余計な事を始めた。トレーからパンを手に取ると、ちぎってこちらの口元に持って来る。ムッとして口を開けずにいたが、尚もニヤニヤと押し付けて来て、仕舞に指先ごと押し込んで来た。その指を、ライはこれ見よがしに舐める。ざわめきが一層大きくなった。
「何するんだ、やめろよ」
「いいだろ、これぐらい。ファンサービスしても」
抗議しても、ライは何処吹く風だ。すると、それを見ていたステフまでライに張り合い出した。
「ヴィル、此処ソース付いてる」
ステフは顔を寄せ、口の際を直接舐め取る。外野のざわめきは、最早悲鳴に近い。ゲンナリして食欲も失せて来たが、両隣からの攻勢は止まずトレーの食べ物が尽きるまで辱めが続いた。
早く街に帰りたい。帰ったら、ウルリヒや従魔達に癒して貰おう。