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魔物殲滅戦

目を覚ますと、既視感を覚える状況だった。ステフの腕で、まるでぬいぐるみか抱き枕のように抱え込まれ横たわっている。ここまでは仕様だが、予想の斜め上をいく事態になっている。ステフとは反対側に、『紅刃』が寝ていて、まるで子どもを挟んで川の字に眠る親子のような光景が繰り広げられていた。いったい何なんだ、どうしてこうなった。


「ステフ、動けないから腕離してくれ」

「あ、気がついた?おはよう、ヴィル」

「おはよう。で、この状況はいったい何?どういう訳でこうなった?」


ステフに気を失ってからのことを聞く。てっきりステフに保護されて、そのまま彼らの野営場所に運ばれているものだと思っていた。ところが、『紅刃』から横槍が入り、彼の個人持ちテントに連れて行かれたという。


身仕度のために起き上がり、ステフとテントを出ようとすると、まだ寝ていると思っていた『紅刃』の腕が伸びて服の裾を掴まれ引き寄せられた。


「俺から離れるな」

「起きてたのか。身仕度しに行くから離せ」

「そんなことは後でいい。昨日は魔力切れになっていただろう、その処置が先だ。ステフといったな、お前は自分の持ち場に戻れ」


ステフは心配そうな顔をしていたが、渋々テントを出て行った。二人きりになると、『紅刃』は昨日の訓練のように両手をとり、魔力を流し始める。かなり慣れてきたとはいえ、熱さと痛みはなくならない。


「熱っ、痛っ!『紅刃』の魔力、俺と相性悪いと思う。魔力補給、他の痛くない人と代わってもらえないのか?」

「贅沢言うな。俺が一番魔力量が多いんだ。しかし、これでは遅過ぎて埒が開かんな」

「これって?」

「手から魔力補給することだ。これは効率悪くて適わん」

「他に方法がなければ仕方ないだろう」

「他か……あるにはあるんだが」


効率悪かろうと、相性悪かろうと、魔力補給は必要だ。お互いに我慢して最低限の補給をする。今日から、上級冒険者達による本格的な魔物殲滅戦が始まる。たいした戦闘能力もないのに、『紅刃』に連れられて最前線に向かうことになる。自分の浄化能力がどの程度なのか見当もつかないのに、ぶっつけ本番で瘴気溜まりに挑まなければならない。


協会支部長の号令で、冒険者達は一斉に出陣した。騎獣に乗った上級冒険者達が先陣を切って飛び出し、後続のベテラン勢が大挙して魔物の湧く地点へと迫る。ステフをはじめ初級の冒険者達は、後方で取りこぼしを叩く役目だ。セスの背にしがみつきながら、必死に戦況を窺う。


「いいか?頭下げとけよ、ヴィル!魔物と一緒に狩られたくなかったらな」

「……」


怒鳴るような『紅刃』の指示に、声無く頷き返す。今、出来ることは、邪魔にならないことしかない。『紅刃』の振るう大型剣が大量の魔物を屠り、死屍累々とした光景が広がる。漂う死臭に吐き気がする。どのくらい進んだのか、感覚が麻痺して分からない。一際強まる死臭の先に、暗く澱む窪地が見えた。


「あったぞ、瘴気溜まりだ」


『紅刃』は沼のように見える窪地を一周して魔物の湧きを抑えると、セスを降りる。一緒に降りて並びながら、そろそろと瘴気溜まりの窪地に近づいた。黒い霧状のものが辺り一面に充満し、中から止め処なく魔物が湧いてくる。


「うわ、キツいな、これ」

「俺の魔力なんぞ可愛いもんだろう?瘴気の不快さと比べれば」


『紅刃』の軽口に反応する余裕もなく、瘴気の放つ負の力に翻弄される。不快さに押されて、吐き気をこらえるので精一杯だ。こんなもの、いったいどうやって浄化しろと?悩む暇もなく、迫る魔物を退ける『紅刃』の後に続く。


「魔物は幾らでも狩ってやる。だから、ヴィルは浄化だけ考えろ」

「どうやって」

「ヴィルにしか出来ないことだ。ヴィルにしか分からん」


『紅刃』に突き放され、一人瘴気溜まりに近付く。纏わり付く臭気と嫌な感触、眩暈、吐き気、五感全てに不快感が襲う。魔力を押し出そうにも、出てこない。


「ヴィル!無事かい?」

「ステフ?どうしてここに……」


後方にいるべきステフが、心配のあまり最前線まで来てしまったらしい。彼の実力では、ここは命取りだ。


「何故こんなところまで来た!危ないだろう?」

「危ないのはヴィルも一緒だよ!」


駆け寄ってくるステフを止めようと近付くと、瘴気に当てられたステフが蹌踉け、瘴気溜まりに転げ落ちた。それを追って、瘴気溜まりに飛び込む。頭の中は真っ白で、ただひたすらステフを助けることだけを思っていた。無数の魔物が蠢く暗い澱みの中、ステフを見つけて駆け寄り、抱え込む。真っ青な顔色のステフは、呼吸も鼓動も微かだった。


「ステフ、生きて!」


そう念じた瞬間、辺り一面がうっすらと光り、少しずつ澱みが消えていく。どのくらい時間が経ったのか分からないが、いつしか瘴気溜まりの澱みがすっかり無くなっていた。霧が晴れるように周囲の景色が戻り、『紅刃』がこちらの姿を見つけて近付くのが見える。朧気な視界の中、ステフの無事だけ確認すると、意識を手放した。

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