野営
その後も引き続きダンジョン班は、着々と調査を進めていた。通路を端から虱潰しにして、行き止まっては来た道を戻るのを繰り返す。そして漸く最奥に至ると覚しき通路に辿り着いた処で、群れを成す鼠型魔物が大挙して移動しているのに出会した。
「ゲッ、キモッ‼ 鼠の大軍かよ⁉」
「数が多いわ、的は小さいわ、散々だな!」
「オマケに、狭い通路での戦闘だ。得物の大振りだけはするなよ⁉」
誰かの上げた悲鳴に被せ、思わず口をついて出た愚痴に、ライが追随する。後半は同行パーティーへの指示だ。
「しかし、流石は上級冒険者だな。本来は狭いダンジョン探索には向かない大剣を、何の支障も無く扱うなんて」
「もう大剣が躰の一部なんじゃないの?」
感心した様に呟くディートに、軽口で応じた。顔を見合わせクスッと笑い合うと、直ぐ前に向き直り気を引き締める。
「来るぞ! ルーイ、ブレスだ! デューイは咆哮!」
「ギョエー」
「ウホッ」
初撃はルーイによる何時ものブレス攻撃で、大幅に魔物の数を減らし、更にデューイの咆哮を畳み掛け勢いを削ぐ。まだまだ数の多い鼠の群れに対し、冒険者達は次々と攻撃を浴びせかけた。
狭い通路なので得意の火術を控えちまちまと剣を振るライと、弓や片手剣等の得物で鼠を一匹一匹討伐に励む同行パーティーの面々。個体の攻撃力は然程強くないが、如何せん数が多過ぎる。先の見えない討伐作業に気が遠くなった。
後は、気力を振り絞り只管魔物を殲滅する単純作業だ。手にした得物を揮い、黙々と鼠を屠る。通路を埋め尽くした鼠の群れも、いつしか底をついた。
屍が累々と散らばる惨状が広がる。地上なら処理に一苦労だが、ダンジョン内は時間が経てば魔物等の死骸は吸収されてしまう。素材の剥ぎ取りが目的なら向かないが、先を急ぐ今は放置で済むのは有難い。
「この先が下層への階段とすると、先刻の群れは下から追われて上がって来たって事だよな」
「追われてって……何に?」
「ソレを調べるのが仕事だろ?」
同行パーティーの掛け合いを聞きながら、通路を先へと進む。程なく通路よりやや拓けた空間が見えて来て、その隅に下層への階段があった。階段近くは魔物が出没しない安全地帯になっている事が多い。魔物流出中の今は、当て嵌まるのかは分からないが。
「今日のところは此処で野営して、明日から下を調査するか」
「なら、野営準備と階段下の偵察とで役割分担しよう」
ライがダンジョン班の面々に方針を告げると、それを受けてディートが提案する。当然の様に偵察を志願するディートに、同行パーティーの斥候が自分もと手を挙げた。
「じゃあ、下見はその二人で。残りは野営準備だ。始め!」
ライの掛け声で動き出すディート達を見送り、野営準備に掛かった。
何が起きるか分からないダンジョン内では、野営と言っても火を焚いたりテントを張ったりはしない。持ち込みの携帯食と水で食事を済ませ、毛布や外套に包まり躰を休めるのが精々だ。少しでも安まる様に、荷物を下ろした周りの地面を均す等して寝場所を整える。
敷いた毛布に腰を落ち着けた頃、偵察に行った二人が戻って来た。
「ヴィル、ライ、下はヤバいぞ」
戻るなり、ディートは階下の状況をまくし立てた。
「下は一階層まるっと草原エリアだ。身を隠せる所が殆ど無い。その上、草原中うじゃうじゃと魔物がいる。キリがない」
「あんなのマトモに相手してたら身が保たないよ!」
ディートの報告に続き、同行パーティーの斥候も泣き言を溢す。一通りの報告を聞き、ライは考え込んでいる。取り敢えず、帰って来た二人を休ませライの判断を待った。
暫くした後、ライは口を開いた。
「今回のダンジョン調査は魔物流出の原因究明がメインだ。下のエリアを殲滅するには頭数が足りない。よって、ある程度の間引きを終えた処で撤退する」
「ある程度って?」
「魔物の階層越えが止む程度だ」
「了解。明日から頑張ろう」
疑問点に口を挟むと、明快に返答が来る。気分良く打ち合わせを終えて、皆就寝態勢に入った。従魔達が居るお陰で夜番がいらないのが有難い。
「ディート、ルーイと寝たらいいよ。ふわふわ暖かで寝易いから」
「ありがとう! ルーイ、よろしくな」
「ギャオー」
横たわるディートにルーイを貸し、自分はデューイのモフモフに寄り掛かる。
「俺は?」
「毛布あるだろう」
「寒い」
ライが図々しくデューイのモフモフに割り込んで来る。暫く押し合いへし合いして、デューイの両側にそれぞれ収まった。やがて眠りに落ちる間際、ステフの声が記憶から甦った。
…………ヴィル、気が付いてる? 本当に嫌な相手は無意識に結界で弾いてるよ。で、ヴィルはライの事は一度も弾いた事無い。ライの事受け入れてるんだ…………
デューイ越しに聞こえるライの寝息を聞きながら、ゆるゆると寝入った。