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番外編 追想の瞳

魔物狩りに街を出たラインハルトは、辺りをぐるりと見渡した。索敵(サーチ)スキルは持っていないが、その代わり生まれ持った魔眼で魔力が視えるので魔物の位置を掴む事は容易に出来る。


思えば、この魔眼があった為に、市井で暮らしていた貴族庶子の自分が、本家に迎え入れられる羽目になったのだ。便利に使える能力ではあるが、同時に厄介な事を引き寄せる。回想に沈み込みそうになる意識を、無理矢理引き剥がしてこれからの狩りに集中させた。


街から延びる街道から南西に逸れた辺りに、魔力が蠢いているのが視える。どうやら、まずまずの大きさの魔物が複数いるらしい。そちらに向かって、騎獣の大山猫セスを走らせた。セスは草原を滑らかに走り、あっという間に魔物を視認出来る位置まで近付いた。


魔物はこの草原に多くいる牛型魔獣だった。小規模な群れでのんびりと草を喰んでいる。家畜の牛に比べ躰は大きいが臆病で、襲われても反撃するより逃げをうつタイプだ。セスに群れを脅かして貰い、(はぐ)れた個体を狙い撃つのがいいだろう。


「セス、牛の群れを蹴散らせ」


セスは『分かった』とでも言うようにラインハルトを一瞥すると、牛型魔獣に向かって走り出した。驚いた魔獣達は、泡を食って逃げ惑う。セスはそれらを巧く散らして群れを分断し、逸れた一頭をラインハルトの方に追い立てた。


「よくやった、セス! 後は任せろ」


ラインハルトは得物の大剣に魔力を纏わせると、魔物に対峙した。正面から駆け込んで来る魔物を最小限の動きで躱し、擦り抜け様に前足を斬る。つんのめって転び動きを止めた魔物の頸を狙い、一撃で仕留めた。


ラインハルトは大雑把な性格が災いして、冒険者歴が長い割に魔物の解体は不得手だった。獲物は血抜きだけして、丸ごと魔法鞄(マジックバッグ)に放り込む。このまま冒険者協会に持ち込み、解体と買い取りをして貰うのだ。その為に大容量の魔法鞄を複数持っている。


今回は魔石が狙いなので、それだけは取り置きして貰わなければならない。魔道具職人に魔石を持ち込んで、小型通信魔道具をオーダーするのが目的なのだ。この魔獣から採れる魔石で大きさが足りればいいが、余裕をみてもう二、三頭は狩っておいた方がいいかもしれない。


セスに乗り、次の獲物を探して移動する。魔眼で辺りを探りながら走るセスの背に揺られていると、ふと先程の回想が再び意識に上った。


まだ幼かった頃、ラインハルトは母親と二人で王都の下町に住んでいた。母親は貴族の邸で女中(メイド)をしていた時に、邸の主に手を付けられてラインハルトを産んだ。その後、(いとま)を出され市井で暮らしていたが、細々と邸の主との縁は続いていたらしい。養育費等は貰っていたようだ。


五つになったラインハルトは母親に連れられて、神殿を訪れた。王都の子供は皆、五つになると祝福を受けに神殿へ行く習慣があった。今思えば、神殿側が癒し系魔力持ちを囲い込む為の方便だろうとは想像がつく。そこでラインハルトは、自身の魔力と魔眼の能力を知った。


そして、神殿の礼拝堂でラインハルトは忘れられない出逢いをした。祭壇に呼ばれて魔力の計測魔道具に手を翳すのだが、担当の神官の傍らに、当時は見習いであった後の聖女が佇んでいた。その美しい顔と大きな翠の瞳、纏う魔力の優しい色合いが、幼いラインハルトの心に鮮烈な印象を残した。


魔力が発覚してから、ラインハルトは邸の主に市井から呼び戻された。母親から離され、異母兄弟達に取り囲まれて過ごす貴族の邸は、ラインハルトにとって窮屈で仕方がなかった。貴族の暮らしに馴染めないラインハルトに、父親は士官学校への進学を仄めかす。


ラインハルトは軍人になる気など毛頭ない。親戚では唯一気の合うインゲ女史を頼り出奔した。インゲ女史は、自身の外出時の護衛と新作披露会でのマネキン業を条件に、身元引受人になってくれた。


インゲ女史の所に身を寄せながら、ラインハルトは冒険者協会に登録して、依頼を(こな)す日々を送った。水が合ったのか、冒険者ランクはめきめき上がり、気が付けば二つ名持ちの上級冒険者になっていた。


それから年月が過ぎ、ある日、街から大規模合同討伐の助っ人にと声が掛かった。街に出向き、協会の扉を潜る。大勢の人々がごった返す中、懐かしい魔力の気配を感じて思わず手を伸ばした。その人物の顔が見たくて、顎を掴みやや強引に顔をこちらへ向ける。


その手の先に、あの美しい聖女と瓜二つな顔と翠の瞳があった。


「お前は参戦しないのか?」

「戦力外だ」

「使えそうだが。名前は?」

「ヴィルヘルム」

「俺はラインハルトだ。またな」


舞い上がっていて、どんな会話をしたかよく覚えていない。あの幼かった頃の憧れに、一気に引き戻されるような心地だった。ヴィルヘルムと出逢う前から既に、あの翠の瞳に自分は囚われていたのだろうとラインハルトは思った。


軽快に走っていたセスが、足を止めた。何らかの気配を感じたようだ。魔眼で辺りを窺うと、先程の牛型魔獣より大きそうな魔力の揺らぎが視える。そちらに向かってセスを促し、また魔物狩りに意識を戻していった。

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