増築計画
「か、買い取ったって? 家を!?」
「ああ。これで離れを作るのも、部屋の改装も、やりたい放題だ」
ライはカラカラと笑う。こっちは笑い事では無い。
「いきなり借家の権利を買い取るだなんて、強引過ぎないか?」
「まさか、大家の強権発動して、同居する気なんじゃ……」
「そこまでしたら、信頼関係なんて築けないだろう? ヴィル達の意思は尊重する。あくまで手続き関係の利便性を重んじただけさ」
ライの思惑を計りかねて、ステフと口々に懸念を言い募ると、即座に否定の言葉を返して来た。こちらがあらぬ疑いを持つ事も想定内なのだろう。
「ライ、本気で敷地内に離れを作って住むつもりなのか?」
「そのつもりだ。職人を紹介して貰ったから、組合に行って連れて来て、現地で打ち合わせと見積もりをとろう」
「住人そっちのけで、サクサク話進めてるな……」
多少の嫌味はものともせず、ライは増築計画を推し進める。大家となったライに文句を言っても仕方がないので、職人組合に案内だけはしてやった。組合に着くと、建物の入口をライに指し示し立ち止まる。自分は中に入らないでいた。ステフはこちらの思惑が透けて見えるのか、苦笑いしている。
「どうした? 一緒に行こうぜ」
「此処には厄介な輩がいるから、用がない限りなるべく入りたくない」
ライに先を促されるが、ごちゃごちゃ言い訳して躊躇しているうちに、その厄介な本人に気付かれてしまった。
「よぉ、ヴィルじゃないか! 何だ何だ? イイ男二人も引連れて」
「ダール……これだから此処には近付きたくなかったんだ」
「まぁまぁ、こんな所じゃ話にならん。入れ入れ」
抵抗虚しく、ダールに押し込まれるようにして職人組合に入った。
組合の中では、いつものカウンターではなく面談用の個室が用意された。ライの持って来た商人同盟からの紹介状が物を言ったらしい。部屋に通されると、組合職員からお茶を出された。先程からお茶続きで腹がタプタプとしてきそうだ。
程なく組合の職員に伴われて、紹介された大工達が部屋に入って来た。大工とは主にライが話し、用も無いのにくっついて来たダールは眠っているウルリヒに釘付けだった。まるで孫を見る爺さんのような目でウルリヒを見詰めている。
「ダールは孫がいないのか?」
「孫どころか子もおらんよ。俺も伴侶が男だったからな」
「ダールの伴侶か……そういえば、会った事なかったな。それなりに長い付き合いなのに」
「ウチのは人嫌いの引き籠もりだから滅多に出歩かないし、仕方がない」
「へぇ……」
ダールの意外な面を見てしまった。こんなに騒がしく噂好きで顔の広い奴と人嫌いの引き籠もりとが伴侶だとか、何の冗談かと思うような話だ。
「ダールの伴侶には会ってみたいかも」
「そうだな。彼奴もヴィルなら会いたがるかもしれない」
とりとめのない話をしているうちに、ライと大工達の話が纏まったらしい。現地で話を詰めたいと言うので、組合を出て皆で家に向かう事になった。物見高いダールも付いて来るかと思ったが、組合に居残ると言う。何処となくソワソワして、薄っすら頬を染めているように見えた。
「珍しいな。話のタネに喜んで来るかと思った」
「今日は早く仕事を終わらせて帰りたくなったんだ」
「ふぅん……」
ダールの常にはない様子に、先程の話題に上った伴侶の影が見え隠れして、何となく微笑ましく思った。
職人を含めた皆で家まで移動する。街の西にある職人組合から東門傍にある我が家まで、ほぼ街を横断する形になり距離があるが、のんびりと徒歩で行く。何かにつけ馬車を使う貴族や金持ち連中とは違い、急ぐ事や大荷物でもない限り庶民は歩くのが常だ。
移動しているうちに、眠っていたウルリヒが目を覚ました。ウルリヒから抱っこをせがまれたので、お守りしていたデューイから受け取り抱き上げる。躰に添わせ縦抱きにし背中をポンポンしてやると、機嫌良くにぱっと笑った。
「ウル、こっち来るかい?」
ステフが手を拡げて誘うが、ウルリヒはイヤイヤと首を振って縋り付いてきた。
「やっぱりママには敵わないなー」
「ママ言うな!」
ステフと他愛もない会話をしている側で、ルーイがフヨフヨと飛び回る。デューイはこちらに歩調を合わせてのんびり歩いている。
我が家に着くと、ライは職人達を家の裏手にある厩舎側に連れて行った。離れはそちらに建てるつもりらしい。ウチの敷地は、間口が狭いが奥行きのある変形地で、その為家賃が手頃な割に敷地面積が広い。少々増築してもそう手狭な感じにはならないだろう。
「話はついたぜ。他に手を入れる所はないか?」
「それなら、屋根裏部屋に上がる梯子を階段に替えたい。屋根裏をウルの子供部屋にしたいんだ」
籠ベッドがウルリヒには小さくなっていたので、子供部屋を設えてベッドを新しくする事は前から考えていた。いい機会なので、序に頼んでおく。
打ち合わせの終わった職人達を見送り、家族とライだけになった。食卓に集まり、一息入れる。
「離れが出来るまで暫くかかるだろう? その間、ライはどうするつもりなんだ?」
「通信魔道具用の魔石を狩りに行こうと思ってる。一緒にどうだ?」
「こっちはこっちで依頼がある」
「そりゃ残念」
あまり残念そうでもない顔でライが笑う。つられるようにステフも笑った。一人笑えずにいると、膝に抱いていたウルリヒから頬をペチペチと叩かれてしまった。