話し合い
北門から元来た道を戻って来ると、頭上から声が掛かった。
「ヴィル、ステフ、早いな!」
宿の上階にある窓から、ライが顔を出している。その窓を見上げて言葉を返した。
「ライ、疲れて寝てるんじゃなかったのか?」
「目が覚めたら、丁度トール達と話す声が聞こえてな。戻って来るのを待ってたんだ。上がって来いよ!」
ステフと顔を見合わせ、この申し出を受けるかどうかを考える。
「どうせ話し合いはする予定だったし、早いか遅いかの差だよね」
「じゃ、行くか」
ステフの言い分に頷き、宿の入口を潜った。
宿のカウンターに一声掛け、階段を昇る。連れている従魔達を咎められることはなかった。ライの部屋は、顔を出していた窓から察するに三階のようだ。階段を昇り切ったところで、部屋の扉を開け待ち受けるライが目に入る。
「こっちだ。呼び付けて悪かったな」
「いや、話があるのはこちらもだ。構わない」
親子三人と従魔達二頭で、ゾロゾロと部屋に入って行った。
部屋は一人部屋らしく小ぢんまりしていたが、高級宿だけあって調度品等は豪華だった。部屋に備え付けの長椅子に一家で腰掛け、その脇にデューイが伏せる。対面して一人掛けの椅子にライが座った。ルーイは気儘に部屋の中をフヨフヨ動き回っていた。
「ライ、朝メシは済んだのか?」
「いや、まだだ」
「話はメシの後でもいいんじゃないか?」
「なら、部屋に運んで貰うよう頼んで来る。食べながら話そう。ヴィル達は?」
「もう広場の屋台で軽く済ませた」
ライは扉から声を掛け宿の小間使いを呼び、朝食を部屋に運ぶよう頼んでいた。手間賃を弾み、こちらの分の飲み物も一緒に頼んだようで、お茶と果実水のカップがトレーに載っていた。
せっかくなのでお茶を貰って飲むと、柑橘系の香が鼻を抜けていく。高級宿はお茶から庶民向けとは違うようだ。ステフは果実水のカップを手に取り、ウルリヒの口元に持って行った。ウルリヒは慎重に一口飲み込むと、気に入ったのかゴクゴク飲み始めた。
「じゃあ、改めて昨日の続きを話し合いたい」
ライはモグモグと朝食を咀嚼しながら、口を切った。
「ライは俺達と同居したいんだったな」
「ああ。それで、何が問題になる?」
「問題だらけだと思うが……」
チラリとステフを見遣ると、ステフは膝に乗せたウルリヒを見詰めて表情が硬い。自分からは何か言い出す気は無いようだ。それならと、昨夜の話し合いで口にしていた言葉を出してみる。
「ステフは、俺に従うそうだ。俺が家族の頭だからって言って」
「ほぅ……」
「俺はいきなり家族の和に割り込みたいって曰うライには不信感がある。そう易々と受け入れ難い」
「成る程……なら、受け入れ条件は?」
正面から『不信感がある』と言っているのに、飄々と受け流すライは、逆に受け入れ条件を聞いて来た。断ったつもりでいたから、そんな受け入れ条件など考えてもいない。返答に詰まったのを見て、ライが言葉を継いだ。
「不信感があるなら、拭うまでだ。その機会考え欲しい」
「……前向きだね、ライは」
「試しに、暫くヴィル達の依頼に同行したい。それで相性なんかが分かるだろう」
「それで、その間街に滞在先はあるのか?」
「ヴィル達の家……」
「「却下!!」」
思わず、ステフと声が揃った。ライの遣り口が形振り構わずになっている。危ない危ない。
「まぁまぁ、最後まで話聞けよ。ヴィル達の家に離れでもあれば、滞在出来るだろう?」
「あの家、賃貸だから勝手な事は出来ないぞ」
「大家は誰だ?」
「さあ? 商人同盟の仲介だから知らない」
「じゃあ、商人同盟に行ってみるか」
ライは立ち上がると、その足で宿を引き払い商人同盟に行くと言う。取り敢えず、ライを街の南にある商人同盟まで案内した。同盟のカウンターに声を掛け、顔見知りの担当者に取り次いで貰う。やって来た担当者は、街起こしイベント以来のウチの担当だ。
「あ! ヴィルさん、ようこそ。本日はどの様なご用件で」
「今日は俺じゃなくて、こっちのライが……」
「よぉ、宜しくな」
「こ、『紅刃』の……は、はい、ご用件は」
担当者は完全にライのペースに呑まれてしまった。暫く話が続きそうだったので、待合スペースに引っ込み寛ぐ。ウルリヒは眠ってしまったので、デューイが抱っこしていた。同盟の職員に出されたお茶を飲み、ステフとまったり過ごす。
「待たせたな」
「ああ。どうなった?」
「ヴィル達の家、大家から買い取った」
「「はぁ!?」」