同居希望
「一緒に暮らしたいって……一体どうしたんだ? 藪から棒に……」
驚き過ぎて暫く絶句したものの、気を取り直し何とか声を上げる。ライは神妙な顔付きを崩さないまま話し始めた。
「前にも言った通り、俺はお前達二人の間に割り込むつもりはないが、ヴィルを諦める気もない。ただ、今までのように俺一人だけ距離的に離れたままでは辛いんだ」
「ライは王都の冒険者協会所属だろう? 街に住むのは不都合なんじゃないか?」
懸念材料を投げ掛けるが、ライは怯む様子もなかった。
「俺は上級に上がってから指名依頼しか受けていない。その通信魔道具があれば、街に居ながらにして王都の依頼が確認出来るだろう? 問題ないさ」
「そうは言っても……なぁ?」
隣に座るステフに目を遣るが、ステフは未だに仰天して固まったままだった。肘で軽く小突いて正気に戻す。ハッと気が付いた様子のステフに、ライの言い分を掻い摘まんで話し、反応を窺った。
「ええと、ライはここに住んでどうしたいの? オレ達に割り込まずにヴィルを諦めないって……オレとヴィルを共有したいってこと?」
「おい、俺は物じゃないぞ!」
「とりあえず、それは置いといて! ……で、ライ、どうなんだよ?」
ステフの物言いに引っ掛かり、つい茶々を入れてしまったが、ステフはぶれること無くライに問い掛けた。それを受けて、ライも真摯に言葉を返す。
「まあ、ヴィルが絆されてくれたらいずれ……って下心も無くはない。だが、それ以前に今のままの状況では距離を縮めようがないだろう? 打開するには、物理的に近付くのが一番かと思ってな」
「ライって……結構短絡的なんだな……近くに住むとか他にも色々遣りようはあるだろうに……」
「其程でもー」
「「褒めてない!!」」
そんなこんなで、今日のところはライに引き取って貰った。もう遅い時間帯だが、北地区の高級宿なら大丈夫だろう。ライは泊めて欲しそうにしていたが、ステフとも話し合いたいし、いきなりは無理だと断った。
ステフと二人になると、改めて正面から向き合う。禍根を残したくないから、お互いに本音を言い合いたいと思い口を切った。
「ステフはライの話をどう思う?」
「オレはさ、ライの話云々よりも、これを聞いた時のヴィルの態度の方が気になった」
「俺の?」
「そう。以前のヴィルなら、こんな話されたら一も二もなくライを叩き出してたと思うよ」
ステフの言葉に、ハッとさせられた。確かに、ライと出会った頃なら話すら聞かなかっただろう。ついこの間まで、名前すら呼ばなかった位だ。言われてみれば、もう既にライに対する態度はかなり軟化している。
「そうか……じゃ、ステフの気持ちはどうなんだ?」
「オレは、本音を言えばヴィルの唯一でありたい」
「ありがとう。俺にとってもステフは掛け替えの無い伴侶だよ」
「えへへ、嬉しい」
ほっこりと、二人で見詰め合う。いい雰囲気で、このまま寝室に雪崩れ込みたいところだが、ステフが表情を歪めて辛そうに言葉を継いだ。
「でも、オレではヴィルを守り切れなかった」
「え?」
「王都で傭兵に囲まれた時、オレはヴィルを守れなかった。それどころか、逆にヴィルが囮になってオレを逃がしてくれたじゃないか!」
「それは、ウルを守る為だろう?」
「それはそうなんだけど……」
王都での攻防を思い出し、背筋が寒くなる。まさにギリギリの逃避行だった。索敵や潜伏スキルを駆使し、逃げ切る自信はあった。しかし、あと一歩のところで敵の手に落ちた。
「ヴィルを取り戻した後、ライが怒ったよね? 『俺を呼べ』って」
「後からなら何とでも言えるさ」
「きっとライにはヴィルを守り切れる自信があったんだ。オレにはあれが精一杯だったのに」
「ステフ……」
肩を落とし俯くステフに、何と声を掛ければいいか分からずに、ただ只管その背を撫でていた。ステフは俯いたまま、話を続けた。
「オレ、街でも出先でも、ヴィルを狙ってくる奴等に牽制し捲ってるよ。そこら辺の連中になら、負ける気はしない」
「頼りにしてる」
「でも……傭兵には為す術なかった。きっとライにも敵わない」
「経験の差だ。すぐに追い着く」
「……で、ヴィルは? ヴィルの気持ちは?」
一転して、ステフに問い質された。まだ自分でもはっきりしない思いをどう伝えたらいいか、逡巡する。
「俺はステフが、家族が一番大事だ」
「その家族の中に入りたいんだろうね、ライは」
「ライは、大嫌いだった。傲慢で、傍若無人で、魔力の相性も最悪で……」
「それ、今も?」
「……今は、前程嫌じゃない」
「家族に加えてもいいくらいに?」
「分からない」
ステフは腕を廻し、こちらの躰を抱き込む。お互いに相手の背を撫で合うような格好になった。
「多分、言葉にならないだけで、ヴィルの中では結論が出てると思うよ」
「え……」
「オレは、ヴィルに拾われて命を貰った。魔力も分けて貰った。子供まで産んで貰った。オレはヴィルに従うよ」
「ステフ……俺達は対等だろう?」
「気持ちは対等だけど、序列はある。この家族の群れではヴィルが頭だ」
「序列……群れの頭……」
ステフの言葉が頭の中をぐるぐる回り、もう何も返すことが出来なかった。それから眠りに落ちるまで、二人でただ無言のまま抱き合っていた。