また明日
ウルリヒと再会した後、皆で夕食でもということになり食堂へ移動する。ランディの伴侶で樵夫のフェルが行きつけの店を紹介してくれた。そこは冒険者の常連客も多い、気取らない店だという。
「その店、騎獣連れでも大丈夫なところ?」
「来る客の大半が魔物と大差ない野郎ばかりだ。それに個室なら文句も出ないさ」
フェルに騎獣を連れて行ってもいい店なのか確認すると、何とも豪快な返事を貰った。それはそれで、赤ん坊連れなのが気になるが、個室があるというしまあ良しとしよう。
皆で冒険者協会を出て、南地区に繋がる路地に入る。幾つか角を曲がって進んだ先に、その店はあった。
「おう、親父、邪魔するぜ」
「ご挨拶だな、フェル。今日はまた大勢引き連れて、何処の団体さんだい?」
「上級冒険者さんの御一行様さ」
店に着くなり、フェルは店の亭主と如何にも常連らしい遣り取りを始めた。その流れで席の確保と食事の注文をする。この店は、亭主が客の顔を見て出すお任せ料理がメインらしい。
「じゃ、とりあえず乾杯」
席に着く早々に出されたエールを手にして、皆でこのクエストやその他諸々の労を犒う。まだ混み合う時間帯より早いからか、亭主が気を利かせたのか、料理が間髪を入れず次々に運ばれて来た。
「おっ、美味そう!」
「店の名物料理っていうのは特別にはないけど、どれも素朴で味はいいんだ」
「量もあるし、こりゃ野郎向けだよな」
出された料理に燥ぐレフに向かって、フェルが解説を加える。その横でライがさらっと見たままの感想を述べていた。確かに野郎向けの大盛りな料理が多い中、あっさりした味の小皿や小さな子供向けの皿も添えてあり、亭主の気遣いを感じた。客をよく見ている亭主だ、ありがたい。
「それはそうと、この近辺で、いい宿ないか?」
トール達王都組は、街で一泊して翌朝に出立する予定だ。食事のついでに、宿のお薦めを聞かれた。以前、サイラスが街に寄った時に泊まった北地区の高級宿を紹介しておいた。高級宿だけあって、滅多に満室になることはないし、食事の後で部屋を取っても大丈夫だと思う。
食事の間、ウルリヒはステフか自分にベッタリだった。暫く離れていたから、寂しかったのだろう。ステフに抱かれている間、服の襟をチュウチュウ吸っていた。
「ウル、お腹減ってるのかな?」
「寂しいだけかも」
ステフからウルリヒを受け取ると、部屋の隅に行って、胸を開けてウルリヒを吸い付かせる。ケープがないので代わりに外套を羽織り、目隠しにデューイを傍に立たせた。ルーイも傍に来て、デューイの肩から身を乗り出しウルリヒを覗き込む。
「やっぱり、ママが恋しかったんだな。このところ、離乳食が進んでミルクが減ってたのに」
「ママ言うな」
ウルリヒに授乳しているのを見たランディが、自分を「ママ」呼びする。そう言えば、王都には女装した男ばかりの酒場があって、その店の亭主は「ママ」と称していると聞いた。冗談じゃない。「ママ」呼びは勘弁してくれ。
「じゃ、また明日」
「朝、北門まで見送りに行くよ」
たっぷり飲んで食べた後、店で解散して家路に着いた。久しぶりの我が家だ。疲れてはいるが足取りは軽い。
道々、デューイやルーイもウルリヒを抱っこしたがって、交代しながら進んだ。生まれた時からルーイと接しているウルリヒは、ルーイが抱っこしてフヨフヨと飛んでも怖がらない。
「ヴィル、ステフ、待ってくれ」
「ライ?」
「どうした? 忘れ物か?」
てっきりトール達と宿へ向かったと思っていたライが、セスに乗り後を追って来た。
「話があるんだ。家に寄っていいか?」
「移動で疲れているだろう、明日ではダメなのか?」
「早い方がいい」
「じゃ、少しなら」
やや強引に押し掛けられたが、ライを家に呼び入れた。セスは裏庭にある厩舎に案内する。厩舎には、先に帰っていたヒューイが寝ていたが、セスに一瞥くれるだけで再び寝入っていた。セスの滞在を受け入れたのだろう。
家の中は、暫く留守にしていたせいで空気が澱んでいた。ステフやデューイと手分けしてバタバタと窓を開けて廻る。その間、ウルリヒは押し掛け客のライに子守りして貰った。ライがおっかなびっくりウルリヒを抱っこしているのを横目に見ながら、ちょっとした意趣返しが出来たとほくそ笑んだ。
ウルリヒは見慣れないオジサンをまじまじと見ている。人見知りする子ではないが、泣こうかどうしようか思案している感じだ。その些細な表情の変化に、ライが一々反応を示すのが、また面白い。
「ほら、ウル、おいでー」
それを見かねたのか、ステフがライからウルリヒを引き取った。もう少しオロオロさせておけばよかったのに、ステフは人が好い。ライは明らかにホッとした顔だ。
「それで、何の話だ?」
お茶を淹れてテーブルに並べると、ライに向かって口を切る。ライは一瞬にして表情を引き締めた。
「俺も此処で、ヴィル達と一緒に暮らしたい」
「「はぁ!?」」