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作戦の肝

上級冒険者ラインハルト、二つ名は『紅刃のライ』。此度の合同討伐クエストに万を持して投入された王国最強戦力が一つ。その体躯は巌のようで、得物は幅も長さも規格外の大型剣。二つ名を思わせるような紅い髪、琥珀色の鋭い眼光、高い鼻と大作りな口からなる精悍な面持ちは猛禽類を思わせる……現実逃避気味に、吟遊詩人のような口上を連想してしまった。


今、協会の建物の奥にある応接室に来ている。この十年、この街で冒険者稼業をしてきて、初めて入る部屋だ。もちろん、自らの意志ではない。隣に座るかの高名な冒険者様に無理矢理引き摺られてきた。


応接室に集まっているのは、支部長をはじめとした協会幹部達と『紅刃』他数名の高位冒険者で、明らかに自分一人浮いている。ここでは合同討伐クエストの新規参入組による作戦会議が行われているらしい。何故部外者の自分がここに連れてこられたのか、さっぱり分からない。


曰く、この大規模討伐が長引く原因は、魔物発生源となる瘴気溜まりが発生したためであろうと推定されている。瘴気溜まりを元から絶つため、魔物を間引きつつ浄化をしなければならない。云々。会議も大詰めを迎え、『紅刃』が椅子から立ち上がると、檄を飛ばした。


「俺達が来たからには、このヤマとっとと終わらせるぞ!ちんたら鍛え上げる暇はないから覚悟しろ!」


どうやら台詞の後半は、こちらに向けて言い放ったものらしい。全然目の笑っていない笑顔で前に立つと、また顎を掴まれ顔を『紅刃』に向けさせられる。


「さっきから手前に関係ないみたいな顔しやがって、今回の作戦の肝はお前なんだからな、ヴィルヘルム」


何を言い出すやら、この御仁は。顎を掴む手を払い除けると、立ち上がりこちらの言い分を述べる。


「最初から言ってるだろう、俺は戦力外だ。採集専門が討伐で何が出来る?」

「お前は無自覚なんだろうが、魔力ダダ漏れだぞ?攻撃系の魔力じゃないから、実害がなくて気が付かなかったんだろうがな。俺のような魔眼持ちから見れば、バレバレだ」

「えっ!?」


『紅刃』はこちらの両手を取ると、軽く握る。その目に紅い光が揺らめくと、繋いだ手から何か熱い塊のようなものが入り込み、躰中を巡る。暴れまわる熱い塊で翻弄され、大声で叫んでいた。


「な、何これ……熱い、痛い!痛い!痛……」

「おっと、やり過ぎたか。分かるか?今、お前の躰に巡らせたのが、魔力だ。俺のだから、ちぃと熱かったみたいだが。お前は何が何でも自分の魔力を制御できるようにしろ!それがこのヤマの肝だ」

「だから、何故?」

「これ程の魔力量の癒し系能力者、神殿の神官にも居ないぞ?居たところで、爺は使えん。だから、お前がさくっと魔力操作覚えて、瘴気を浄化して、このヤマを終わらせろ、分かったか?ヴィルヘルム」


『紅刃』が手を離しても、躰中の痛みは消えない。自分で自分の両腕を抱いて、ガタガタ震えていた。頭が追いつかない。理解するのを拒んでいる。自分が何者かなど、悩まない時はなかった。その上、魔力?癒し系能力?浄化?何一つ、関わりがあると思えない。厄介な重荷はもう沢山だ、これ以上増やすな。


「……だ」

「何だ?はっきり言え」

「もう沢山だ。こんなもの、要らない。俺は自分の手に負える、身の丈に合った幸せがあれば満足だ。魔力なんて、要らない」

「ハハハ……生まれ持ったものに振り回されて生きてる奴なんて、幾らでも居る。ほれ、目の前にも」


『紅刃』はそう言うと、自らを指差す。他の高位冒険者達も、皆頷いている。少し気持ちが落ち着いたが、まだ躰中の痛みと震えは続いていた。その後、『紅刃』では魔力が強過ぎて負担が重いからと、他の魔力持ちの高位冒険者が両手をとり魔力を流す。先程とは違う力の塊が再び躰中を巡る。痛みは減ったが躰の震えは治まらない。そうこうするうちに三々五々、幹部職員達や冒険者達が引き上げていき会議はお開きになった。『紅刃』と二人だけがこの場に残された。


「さっきも言ったが、ちんたら鍛え上げてる暇はねえ。死ぬ気でやれ」

「死ぬ気なんか無い。『紅刃』のせいで散々だ。責任取れ」

「俺を二つ名で呼ぶな。ライと呼べ」

「嫌だね『紅刃』!」

「ライだ」


『紅刃』は性懲りもなくこちらの顎を掴んで、自分の方に顔を向けさせる。乱暴に手を払うと、今度は腕がぐるりと廻り後頭部を掴まれる。


「近いよ『紅刃』、離れろって」

「ライと呼べと言ってるだろう」


『紅刃』の顔が近づき、憎まれ口を叩く暇も無く口を塞がれた。藻掻いても離れず、顔を背けようにも後頭部を掴まれていて動けない。『紅刃』の唇や舌は我が物顔でこちらの口内を蹂躙する。歯を食いしばり、両手を組んで横面を殴りつける。やっと離れた『紅刃』の唇が弧を描く。先程と違い、目まで笑っていた。


「お前、面白いヤツだな、ヴィルヘルム」

「『紅刃』に面白がられても、嬉しくも何とも無い」


手の甲で唇をゴシゴシ拭い、部屋を飛び出した。

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