始まりは空の上から
食後のお茶を飲み終えて華と紅葉は部屋へ戻った。
「はぁ〜、危なかったね!助けてくれてありがと!紅葉ちゃん!」
「華、あなたは少し気をつけなさい。」
華ははあいと少し落ち込んだ様子で返事をした。
何が危なかったかというと、先程安らぎの兎亭の息子が言っていた「普通」や「ジョーシキ」は彼女たちにとってはそうではない。つまり、人が中を浮いていたり、不思議な力で土人形を操ったり、という事は彼女たちがいた世界ではあり得ないことだった。
そう、彼女たちはこの世界の人間ではない。つまりここは彼女たちにとっては異世界で、この世界の人間にとって彼女たちは異世界人という事になる。
何故こんなことになったのか、彼女たちには分からない。華と紅葉は友人同士で16歳、同じ学園に通う普通の学生だった。夏から秋へと移行し、制服も夏服から冬服へ衣替えをしたばかりの季節だった。
華と紅葉は一緒に下校をしていた。明日は学校が休みのなので駅前でクレープでも食べようかと話しつつ、2人はゆっくり歩いていた。周りの、特に異性の目をよく惹きつける2人は、学園でも有名な美少女コンビだ。
「そうだ!私、クレープ屋さんの半額券持ってたんだった!これがあればクレープ2つ食べれるね!」
目をキラキラさせながら、いちごクリームとチョコバナナがいいかな?でもおかず系も捨てがたい!でもアイスがのってるやつもいいかも!などと言いながら歩いている華を見て微笑ましく思いつつ、紅葉は聞いているだけでお腹いっぱいになりそうね、と思っていた。
「華、お腹壊さないように…」
紅葉が華に食べ過ぎないように注意しようしたが、その言葉は足元に突如現れた、眩しい光によって遮られた。何事かと思いきや今度は浮遊感に襲われたのも束の間、2人は空から地上へと落下していた。
「華っ!」
紅葉は絶叫している華の名前を叫んで、自分の方へ抱きしめた。
「紅葉ちゃあああん」
華の目に恐怖で涙が滲んでいた。
「華っ、落ち着いてっ、」
「そんなのむりいいいいいいいっ」
紅葉は華を抱き寄せたものの、どうしていいか分からず恐怖もあり目をぎゅっと瞑った。
2人がただただ落下していると、雲の向こうから凄まじい速さで人影が飛んで来た。その人影は2人が落ちて来る先で手を広げ、大きな衝撃が2人を襲った。その衝撃と同時に男の腕の中に収まっていた。
「ふう、地上に落ちるまでにキャッチ出来て良かった。2人共、大丈夫か?」
「はあ、‥‥助かったの?」
男が声を掛けると、黒髪の少女はそう残して安心したのか、気絶してしまった。
「おい、大丈夫か?」
2人が地上か海へ落ちる事から助けてくれたのは、騎士の様な格好の男だった。
男は不自然な形で落ちてきた少女たちに声を掛けたが、どちらの少女からも返事がない。どうやら、お互いにしがみついたまま気絶している様だ。どうしようかなと考えていると、遠くからおーいと声が聞こえてきた。
「隊長ぉーーー、どうしたんですかー?巡回中にいきなり1人で飛んでいくなんてー!」
声の主は彼の部下だ。
「うるさいぞ、エイベル。」
エイベルは隊長と呼ばれた男の副官である。
「んなっ、うるさいとはなんですか!ウェイン隊長!」
ウェインとは2人を受け止めた男の名前だ。
「これを見ろ」
「ん?女の子が2人?」
「そうだ、この2人…」
ウェインの言葉は部下であるエイベルの不名誉な言葉で遮られた。
「隊長ぉーーー!どっからこの子たち拐かして来たんですか!犯罪ですよ!」
「なんでそうなる…」
「じゃあこの女の子たちはどうしたんですか!」
「落ちて来たんだよ!ここよりさらに上の空からな!」
「はあ、ここより高い空に街なんてありましたっけ?」
「少なくとも俺は知らないな。大体、王の城より高い位置にある街なんてないだろ。」
「そうですよねえ。何処から落ちて来たんでしょうねこの子たち。ヒューリアでは見ない格好ですし、マウルス帝国っぽいかな?」
「まあ、何にせよこのままにはしておけないな。2人共体温が低い。」
「そうですね。では都に戻りますか。」
エイベルの言葉にウェインはそうだな、と応じた。