偽英雄、第二の関門
「当人に説明することでもないとは思うが、わが国は一度滅びかけたことがある。おおよそ六代ほど前のことだな。化け物たちの侵攻によって存亡の危機に瀕しておった。しかし、そこに現れたのがそう、貴殿だ。その剣によって化け物たちを打ち払い、平和をもたらしてくれた」
「はあ……」
「だがここ最近、その倒されたはずの化け物たちがまた姿を現し、国の周辺で悪さをしているようだ。なぜかは分からぬ。だが、放置しておくことはできない。ぜひ、力をお借りしたい」
「そですか……」
生返事を繰り返す龍牙を、国王は不思議そうな目で見つめた。
「どうした、具合でも悪いか?」
「あ、いえ、決してそのようなことは……」
慌てて首を振る。
具合は悪くない。むしろかなり快調な方だった。
意識が散漫だったのは、ただ単に気になって仕方なかったからだ。
(なんであの椅子潰れないんだろう……)
ひたすら横に広い王とその下の椅子。あれだけの超重量体を支えてびくともしない構造物。この国の技術は相当進んでいるらしい。思わずごくりと息をのんだ。
「なんていうか、すごいですね異世界」
「ふむ?」
「ごめんなさい、続けてどうぞ」
王は特に気にせず本題に戻った。
「ロウガ殿にはどうか我々の力になってほしい。残念ながら独自に解決する力がないのだ。ふがいないことではあるが」
「いえそんな」
「ぜひ願いを聞き届けていただけないだろうか」
「あ、ええと。それはちょっとごめんなさ――」
「もちろん引き受けさせてもらうわよ」
ぎょっとして横に視線を振る。
腕を組んで仁王立ちになったファムが、威勢よくうなずいた。
「この国の危機はわたしたちの危機。この国の未来はわたしたちの未来。できるだけのことはさせていただきます」
それから龍牙をびしりと指さす。
「ってな感じのことをロウガ様が」
「言ってないよ!?」
「そうかありがたい!」
「言ってないってば!」
ぴょんと椅子から飛び降りた王に叫ぶがやはり聞く耳を持たない。
「ではこれからよろしく頼む。大いに期待しているぞ」
短い脚でよたよたと奥へと引っ込んでいくその背中を引き留められないまま、龍牙はその場で頭を抱えた。
「あああ……」
「行くわよ」
静かになった広間の中、ファムの無慈悲なつぶやきだけがよく聞こえた。
龍牙はとぼとぼとその後に続いた。
◆◇◆
王の私室の窓辺からはそこから広がる街の景色がよく見えた。
無論、城の前の様子もだ。
そこに巫女見習いとなにやら元気なさげな英雄が歩いているのが見て取れる。
その背中には国を救った者にあるはずの威厳や迫力といったものは一切ない。
「大英雄ロウガ、か」
肉塊王は顎に手を当ててふむと息をついた。
「どうかなさいましたかな」
「いや。大したことではないのだが……」
言いかけて、背後の針金侍従長に問い直す。
「お前はどう思う?」
「分かりません」
即座に答えが返ってくる。
「分かりません……が、疑わしいのは確かです」
「……そうか」
王はうなずいてから振り返った。
「では確かめよ。方法は任せる」
「御意」
侍従長が退室するのを確認して、王は再び窓の外をうかがった。
馬車に乗り込む英雄が見える。
あるいは、英雄に擬態した何かか。
「見極めさせてもらうぞ」
つぶやいて、その場を後にした。
◆◇◆
帰りのパレードはさらに見物人が多かった。
さすがに感覚が麻痺して無心で手を振り続ける。
好奇の視線にさらされながら、行列は街の広場に到着した。
「……あれ?」
行列の行く手に整列した兵士たちが立ちはだかっているのが見える。
「何だろ?」
「わたしが知るわけないでしょ」
ファムはぶっきらぼうに言うが、その声にはどこか不安そうな響きが混じっているのが分かる。
行列が止まった。
「ロウガ殿! 馬車を降りられよ!」
兵士の声に従っておそるおそる地面に降りる。
別の兵士の誘導で行列が広場を出ていく。
残されたのは兵士たちと龍牙とファム。それから遠巻きにする街の住人達。
沈黙したままの兵士らに固唾をのんでいると、背後から声がした。
「大英雄殿、パレードの最中失礼いたしました」
「……ラウガ」
そこにいたのはあの騎士隊長だった。
「あんた……一体なんの用?」
ファムが声に警戒をにじませる。
「別に大した用事ではない。わたしは単にわたしの職務のために来たに過ぎない」
言いながら剣の柄に手をかける。
「職、務……?」
ぞっと血の気が引いていくのを感じながら龍牙はつぶやく。
「お前の力、試させてもらうぞ」
太陽の光の下。
引き抜かれた刀身が鈍い輝きを放った。