歓迎パレード
「いちいち恥ずかしがるんじゃないよ男のくせに」
「いや男だから恥ずかしいんだと思うんですけど!」
「やだね最近の子は言うに事欠いてつまらん言い訳かい。情けないったらありゃしない」
「いやいやいやそんな冷静な顔で人を丸裸にするのやめてお願い本当に!」
半泣きになる龍牙を冷たい目で見下ろして、その中年女ははぎとった彼の最後の砦を背後に放った。
「ずいぶんダサい下着に貧相なムスコだね」
「思春期の男子になんてこと言うんですか……」
さめざめと龍牙は涙をこぼす。あと股間を隠す。
だが彼女は全く気にしていない顔で胸を張った。
「まあ安心するんだね、このわたしが大英雄にふさわしい最高のコーディネートをしてやるんだから。多少ちっさかろうが問題ないさ。大船に乗った気持ちでいなさいな」
「既に心は転覆してますよぅ……」
さてなぜこんな惨状になっているのか。
それにはちょっとした経緯がある。
明け方に中央街とやらのこの宿に通されて、さらに一日。
「歓迎パレード?」
龍牙は聞こえた言葉の意味が分からず首を傾げた。
「そ、歓迎パレード」
うなずくファム。
彼女はその日一日龍牙と離れて別行動していたのだが、戻ってくるなりそう言ったのだ。
「だって大英雄様が復活したのよ。普通やるでしょ。パレード。あのハゲデブも会いたがってる」
「ハゲデブ?」
「この国の国王」
「失礼だなあんた!」
「まあそんなことはともかく」
さらっとスルーしてファムは何やらすっと手を持ち上げた。
部屋に女中らしき中年女性が入ってくる。
「これから大改造を行うわよ」
「へ?」
「さすがにそんな格好で会うわけにはいかないでしょ」
「だから何が――」
彼女の指がパチンっ、と鳴った。
そして地獄が始まったというわけだ。
「――ほい、まあこんなもんかね」
その声が聞こえたときには、龍牙の意識は半分飛びかけていた。
あまりに目まぐるしい衣装合わせに精神が置いてけぼりを食らったのだ。
「あら、いいじゃない」
ファムの声もした。
「似合ってるわよ、大英雄様」
ぼんやりと部屋の姿見に目を向ける。
「……」
くせ毛の少年の呆けた顔がある。首には真っ先に目を引く白いネッカチーフ。くすんだ茶のジャケットにえんじ色のコート。足元は灰色のぴったりしたズボンと黒いブーツを履いている。
上から下からまじまじと眺め回して。
「え。これ俺?」
「馬鹿、他に誰がいるんだい」
ドン! と背中を叩く女中に眉をしかめる。
が、目は鏡から離せない。
「気に入ってもらえたようで何より」
にやりと笑ってファムは部屋の扉を開けた。
「じゃあ行きましょうか」
◆◇◆
空に鳥が飛び立った。
二階建ての屋根を越え、向こうにそびえる巨大な建物へと飛んでいく。その影は遠く快晴の空に消え、視線を下ろすとにぎわい始めた通りが目に入る。
見知らぬ街だ。
道には人が集まり、何やら興味津々な目をこちらに向けていた。
やはりいつの間にか現れていた例の剣を手に、ぼうっと彼らを見つめ返す。
なんだかひたすらに現実感がない。
「何ぼんやりしてんのよ。さっさとこっちに来なさいって」
楽隊を伴った大きな屋根なし馬車から呼ぶ彼女に、念のため聞いてみる。
「ここってどこだっけ?」
「? 光翼の国だけど。光翼王国」
「聞いたことないんだよなあやっぱり……」
眉をしかめながら乗り込む。
「ここって本当に……」
そこまで言って何と聞くべきか分からなくなる。
本当に実在しているのか。当たり前だ。今ここに見て聞いて触れている世界だ。
では本当に地球上に存在しているのか。聞いてどうなる。そうだと言われても確かめる術がない。ドラゴンのいる地球も自分は知らない。そもそも地球という知識がないかもしれない。
なんにしろ意味がない。
「……いや、なんでもないよ」
「へんなの」
御者が鞭を飛ばし、馬がゆっくりと歩きはじめる。
ラッパの音が鳴り響いた。
通行人たちのざわめきが聞こえてきた。
「一体なんだ?」
「英雄が目を覚まされたらしいぞ」
「英雄?」
「猛剣の英雄……」
「我らを救ってくれる……」
「……本物か?」
最後の声にちくりと胸を刺されながら。
龍牙はファムに聞いた言葉を思い出していた。
ここは光翼の国。光翼王国。
(光の、翼の国ねえ……)
なんとかいう山脈沿いに広がる小国らしい。これといって強くも豊かでもない国だが、霊的な力を持つとされる巫女集団の『風切羽』が有名だそうだ。無論英雄を輩出した国としてもよく知られている。
一度は滅びかけた。化け物たちの侵攻によって。だが、英雄に救われて今もまだしっかりと国としての形を保っている。
「いぁっつ!?」
つねられたわき腹の痛みに悲鳴を上げる。
「な、なに?」
ファムを見るとにこやかに群衆に手を振っている。
なるほど、あんたも真似しなさいと、そういうことか。
ぎこちない笑みを浮かべて反対側に手を振ってみる。
群衆はぽかんとこちらを見上げたままひそひそと内緒話を始めた。
「うう……」
やりにくい。
それでも、わき腹をつまんだファムの指に気圧されて龍牙は手を振り続けた。
◆◇◆
パレードの行列は城の前で停止した。
鈍い色の堅牢な雰囲気の、しかしこじんまりした城だ。
降りるよう促されて地面に足をつく。
番人によって開いた門をくぐりながら隣のファムに訊ねる。
「ここは?」
「王城よ。見れば分かるでしょ」
「一応聞いてみたんだよ」
口をとがらせて、それからもう一つ訊いてみる。
「本当に、日本って知らない?」
「あなたがいたところっていう国?」
ハンっ、とファムは鼻で笑う。
「知らないわよそんなちっちゃいちっちゃいマイナーランド」
「……割と先進国だとは思うけど」
「だぁから知らないっつってんでしょ。日本だかスッポンポンだか知らないけど、どうせその程度ってことよ」
「うーん……」
いまいち納得できずに食い下がる。
「なんで言葉通じるの?」
「何言ってるかわかんないわね。通じるのがそんなに嫌なの?」
「いや、そうじゃなくて……」
「ほら、もうじき着くわよ、そろそろ黙んなさい」
「……」
不満を残したまま広間に通された。
正面は一段高くなっており、凝った装飾の施された大きな椅子が置かれている。
針金のように細く背の高い男が奥から出てきて朗々と声を張り上げた。
「よくぞ参られた、英雄ロウガと巫女見習いのファムよ。我らはそなたらを歓迎する」
「見習いいらないっちゅうの」
ファムが小さく毒づく。
「んむ? 何か言ったかね巫女見習いのファムよ」
「いえ何も」
「ふむそうか、巫女見習いのファムよ」
「わざとやってんの?」
「そんなことはないぞ巫女見習いの――」
「やっぱりわざとじゃないの!」
怒ったファムが男に詰め寄ろうとした。
男は堂々と彼女を見返したまま動かない。
両者がぶつかる。その時だった。
「まあ待て、巫女見習いのファムよ」
深みのある低い声が広間に響いた。
龍牙は思わず背筋を正す。自然とそうしてしまうような何かがその声にはあったからだ。
「王のおなりです」
針金男が静かに一歩を下がる。
そして、奥の暗がりから人が一人、よたよたと進み出てきた。
……多分、人であろう何かが。
「怒りに我を忘れるのは相変わらずだな」
国の未来を憂える思慮深い目。
その眼がこちらを静かに見据える。
龍牙はあんぐりと口を開けてそれを凝視した。
「そして、ようこそ。英雄ロウガ殿よ」
穏やかに笑う超超肥満体。
頭頂部を光らせた巨大な肉のボールを前に、龍牙は何も言えなかった。
「だから見習い言うなってのハゲデブが……」
ファムの不満げな声も、よく聞こえていなかった。