こんなことってあるもんなんですね……
深く息をつく。ゆっくりとまばたき。
心臓がまだ胸が痛いほどに脈打っている。
龍牙は地面に仰向けになってまだ暗い空を眺めていた。
雨はやんでいる。雲が切れたところからは星が輝きをのぞかせていた。
「つ……」
声を漏らしながら体を起こす。見回すと離れたところにへたり込むファム。もう少し視線を移動させると、小山のように大きなシルエット。
ただし先ほどまでのような絶望的なまでの威圧感はもうそこにはない。すでに死んで、今は徐々に冷たくなっている。
再びファムの方に視線をやると、目が合った。しばらく見つめ合うが勝ちの実感はどうしてもわいてこない。
お互いに何とも言いようのない表情で首を傾げた。
「これは……」
足音の方に顔を向けるとラウガ、そしてその部下たちが呆然とそこに立っていた。
「これは、どういうことだ……?」
ぷすぷすと煙を上げるドラゴンの死体を指さしてうめく。
「まさか、お前一人で?」
「……」
龍牙は虚空に視線を持ち上げて、それからぽりぽりと頬をかいた。
◆◇◆
「おおおおおおおおおおおッッ!!」
数刻前、龍牙は大上段に振り上げた剣を勢いのまま振り下ろした。まったく届く可能性のない距離だったがそこはもうやけくそだった。
そしてそれと同時、ドラゴンもその首を振り下ろしてその顎から炎弾を吐き出した。
「リュウガ!」
ファムの叫びが聞こえた。
目を焼く光と認識できないほど大きな爆音。それに伴う激しい地揺れ。
遠くなる意識。
敵の炎に焼かれた……と思ったのだが。
どうやらそうではなかった。
さらにもう一発光が――雷の稲光が弾けた。
ドラゴンに直撃、痙攣していた化け物が完全に沈黙する。そこにダメ押しの最後の一発。
計三発の落雷が、化け物を直撃し……その命を地獄へと叩き落としたのだった。
何というべきか。
とりあえず……ものすごい偶然だった。
◆◇◆
「あー、その。俺は別に特には」
正直に真実を話そうとした龍牙は、急に横から突き飛ばされた。
「――と! ロウガ様はご謙遜なさってますが! もちろん大英雄の御力にございます!」
「大英雄の御力?」
「はい! ロウガ様は雷を操りこの化け物を倒したのです!」
相変わらず自信満々にファムはうなずく。
「聞いたことはありませんか、大英雄の持つ能力の数々を。炎を生み、水を満たし、草木を育む、まさに宇宙の理」
「雷が入っていないようでしたが」
「細かいこと気にしてるとハゲるわよ!」
指摘を突きこんだ兵士を黙らせ彼女は堂々と腰に手を当てた。
「と、いうわけでこの方は本当の本当に英雄! 文句のある奴は雷が怖くない場合に限り心して前に出るように!」
「でもあの、最初すごい逃げてたようですが……」
勇敢にも小さく手を上げたのはやはり先ほどの兵士だった。
「いやだああとか悲鳴も上げてたように思うんですが……」
「それは……あれよ」
さすがに彼女も言葉に詰まったが、それも一瞬だった。
その頭が即計算を終えた音が龍牙には聞こえた気がした。
「あなたたち足手まといからドラゴンを引き離すためよ!」
「え?」
「大声で自分に注意を引きつけて被害の出ない所におびき出してとどめを刺す! 常道でしょ!」
「お、おお……!」
兵士の間から感嘆の声が上がり始める。
「あなたたちは命を救われたの。分かるわね? あら、でもおかしいわね、なんでわたしも彼もまだ拘束されているのかしら」
わざとらしいびっくり顔に兵士たちが慌てだす。
「失礼しました、ただいま開錠を!」
「おほほほほー!」
口元に手を当て満足そうなファムを突っ立ったままボケっと眺めていると、いつの間にか近くにラウガが立っていた。
「俺は、信じたくないな」
「……まあ、俺もです」
そう返すと、ラウガは怪訝そうな顔をして、龍牙の拘束を解いた。
◆◇◆
材木置き場から去っていく一団を見送って、その少女は木の陰から姿を現した。
ドラゴンの死体に近づき、眺めながら興味深そうに顎に手を当てた。
「へえ、大英雄がよみがえったのかー」
それからくすりと笑う。
「ていうかその偽物が」
彼女は小柄な体を生かして大木をスルスルと登り切ると、そのてっぺんから中心街の明かりを遠くに眺めた。
「これはちょっと面白くなりそうかなあ」
東の空が白み出している。
暗雲はほぼなくなり、その日の快晴を予感させていた。