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真の第一関門

 体が固まった。足がすくんだ。

 ドラゴンが激突するように地面に着地する。


 その揺れを尻餅をついたままで直に感じながら。龍牙はその化け物の巨体に圧倒された。

 見上げるほどの岩のようないかつい塊が、ほんの数メートルのところで周囲を睥睨へいげいしている。


(なんだこれ……なんなんだよこれ!)


 うろたえて動けない。だがそんな龍牙に構わず声が鋭く空気を貫いた。


「魔法班! 撃て!」


 同時に目の前で閃光が炸裂する。眩い光と爆音と。龍牙ごと巻き込んでドラゴンを焼く!


「うわ、うわわ!?」


 だが気づくと体は無事だった。


 完全に錯乱しかけた龍牙を誰かが引っ張ってくれていた。


「さっさと、逃げなさいよ馬鹿!」


 ファムだ。

 拘束具の手で大変そうながらも、必死の顔で龍牙の服の端を握っている。


「あ、ありがとう」


 安全なところまで行って龍牙は立ち上がった。


「君のおかげで助かっ――」

「あんたが死んだら誰が英雄になりすますの!」


 礼を言いかけたこちらを遮ってファムが猛烈に詰め寄ってくる。


「そこんところしっかり自覚してるんでしょうね!?」

「自覚も何も即バレてたじゃ――」

「いいから!!」


 バッサリ一言で終わらせると彼女はキッとドラゴンに向き直った。


「あれを華麗にブッ倒して信用を取り戻すわよ!」

「取り戻すってそもそも信用されてないし」

「いちいちうっさいのよバカっ!!」


 彼女のその声は。よく通るその声は。

 轟音が響き合うその場で偶然スポットのように空いた音の空隙に、キンキンによく響き渡った。

 空気が停止した。


「あ……」


 後ろの方から唸るような声と、あの禍々しい視線を感じた。

 おそるおそる振り返る。できれば振り返りたくなかったが、それでもなんとか振り返り切る。


「ああ……」


 燃える宝石のような眼玉がこちらをしっかりと、真っ直ぐ捉えていた。

 顔をファムの方へと戻す。多分泣きそうな顔をしていることは自覚している。


「ヤバいかな……?」

「賭けてみる?」

「俺今ならすごい大勝ちできるかも」

「わたしはヤバい方で」

「俺も同じで」

「掛け金は?」

「……命じゃない?」

「なるほどね」


 身構える。ドラゴンがその長い首を反らせるようにして口から炎を噴き出しかけていた。

 もうほとんど泣きながら龍牙は会話を続けた。


「レートはどんなだろ」

「負ければ死ぬわねもちろん」

「じゃあ、勝ったら?」

「勝ったら、そうね……」


 ほんの少し考え込んだようだ。それから言う。


「身に余りまくって捨てるほどあふれる栄誉と称賛かしら」


 ドゴゥッ!

 ドラゴンが吐き出した炎の塊が、地面に激突して爆裂四散した。

 周りの温度が一気に上がる。


 もちろん二人はすでに逃げ出していた。二手に分かれてそれぞれ反対側へ。

 これで一瞬どちらを追うかで迷わずにはいられない。

 ……はずだったのだが。


「えええええええええ!?」


 迷わずこちらを追って浮揚を始めたドラゴンを見て、龍牙は悲鳴を上げた。


「何で!? こっちくんなよ馬鹿ぁッ! いやだあああああ!」


 騎士隊がこちらを呆然と見ているのが分かる。それでも気にする余裕もなく龍牙は一目散に逃げ続けた。

 闇に満ちた空がゴロゴロと不穏な音を立てていた。






◆◇◆






 森の中を逃げ続け、さすがに息が切れてきた。

 拘束具で走りにくい上に、その手に持った剣の重みが体力を奪う。


「ちくしょう……なんで持って来ちまったんだ……」


 何となく捨てられずにきてしまったのだ。放してはいけないような気がして。だがおかしいのはその剣は拘束される時に取り上げられたはずだということだ。


 首をかしげる。

 が、すぐに空からの羽ばたきの音に足を速めた。


「もういい加減諦めてくれよ……」


 さらに走って走って走り続けて。開けた場所に出た。

 気が切り倒され材木置き場のようになっている。


 すぐにまずいと気づく。身を隠すものが何もない。

 だが後戻りしようとして、そこに炎弾が降ってくる。


「くっ……!」


 やむを得ず広場に走り出て反対側を目指すが、今度はドラゴン本体が轟音ととも着地して道をふさいだ。

 怪物はその首をもたげる。

 空に稲光が瞬いて、その姿をおどろおどろしく飾った。

 頬に雨粒が当たる。すぐに本降りになって学生服はびしょぬれになった。


「く……う……」


 じりじりと逃げ道を探る。

 視線を右に振ると岩があるのが見える。その陰を縫って逃げれば。

 そう思って走り出そうとしたとき、頬を飛んできた鋭いものが切り裂いた。

 踏みつぶされた岩の破片だった。全く、反応すらできなかった。


 真っ白になった頭で後ずさる。

 死ぬ。それを即座に悟った。


「まだでしょ!!」


 その声と同時、ドラゴンの頭に爆発が起こった。

 ハッとして振り返ると、ファムがこちらに手を構えて立っていた。


「こんなところで諦めてどうするの! 戦いなさい!」


 その手から発せられた光がドラゴンの頭に再び命中する。

 だが、ドラゴンは動じた様子もない。

 龍牙はよろめく。


「戦うって……」

「あんたのその手にあるのはなに?」


 見下ろす。英雄の剣。


「でもこれ、俺のじゃあない!」

「死ぬかもしれないって時に選り好みできるわけないでしょ! あるもんで勝負しなさい!」


 理不尽だと思った。

 だが、だからこそもっともだとも思った。


 この世はそもそもが理不尽だ。公平などというものはどこにもない。たとえ英雄だろうとパシリだろうと、こういう時には自分にあるものだけで戦わなきゃいけない、その点だけが同じだ。


 納剣したままの剣を構える。拘束具ごと。ずぶぬれになりながら。

 にらみつける眼力は素人だろうが、それでも威嚇になればと精いっぱいにらみつける。

 ドラゴンもこちらをにらみ――その眼がきゅっとすぼまった。


(今だ!)


 地を蹴る。剣を振り上げる。

 首を反って天に伸びるドラゴンの身体。振り下ろされる時が龍牙の死ぬときだろう。

 あまりにも間合いが遠い。斬りつけるのが間に合わない。

 だが、それでも!


「おおおおおおおおおおおッッ!!」


 龍牙の喉から力強い雄叫びが迸った。

 勝てる。根拠もなくそう思った。

 激しい雷が天から地へと走った。

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