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偽英雄、第一の関門

 扉が開き切ると防具を身につけ剣を帯びた男たちが踏み込んできた。

 こちらを半円状に取り囲み、抜剣まではしないまでもその手前の殺気をこちらへと突きさしてくる。

 どの人物の視線も鋭く、目が合うだけで心が折れてしまいそうだ。


「いっつ!?」


 突如わき腹を襲った激しい痛みに小さく悲鳴を上げた。

 横目で見ると、ファムが凛とした表情で堂々と前を見据えている。

 その口が小さく動いた。


「いちいちビクつくんじゃないの」


 そう言っているらしい。


「いやでも……痛っ!?」


 また強力なつねりに黙らされた。反論も許されないようだ。

 龍牙は早くも嫌になってきた。


(さっさと吐いて解放してもらおうかな……)


 だがファムはそんな彼の機先を制する。


「あなたたち、何のつもり? このお方はロウガ様よ。今宵このわたくし、ファムがこの時代にお招きしたかの大英雄よ?」


 男たちに大きな反応は見られない。

 だがそれでもかすかな動揺が彼らの間に走っているのが龍牙には分かった。

 ファムは大きくため息をつく。


「疑っているわね? わたしが嘘をついていると。でも御覧なさい、このお方の手にある剛剣を。あなたたちも書物や絵画でなら見覚えくらいはあるんじゃないかしら?」


 息をのむ気配。全員の視線がすべて剣の方に集まる。

 思わず背後に隠そうとして、またわき腹をつねられた。

 顔を見合わせ出す男たちにファムはとどめとばかりに胸を張った。


「この方は間違いなく英雄ロウガ様にございます。皆、失礼のないよう歓迎なさいますよう……」

「ほう、『風切羽』の雑用がなかなか身の丈に合わない言葉を使っているな」


 声ともに男たちが左右に道をあけた。そしてその向こうから一人、革鎧を身につけた青年が姿を現す。

 鈍色と言った方が近い銀髪。切れ長だが美しさよりも性格のきつさをうかがわせてしまう目元。あまり筋肉質でもないが、立ち姿には隙がない。


「光翼国鷹爪騎士隊隊長ラウガ・レン」


 ファムの囁き声が聞こえる。


「難敵よ。気を付けて」


 何を。どうやって。肝心のところが何もない。

 思わず半眼になる龍牙だが、事態は勝手に流れていく。

 目の前まで近づいてきたラウガ?は龍牙に一瞥を寄越した。だが軽く鼻を鳴らしただけですぐにファムに視線を移す。


「この方がかの生ける軍神とまで言われた大英雄ロウガ様ですか。これはまたずいぶんとご立派な相貌をしてらっしゃる。大聖堂の壁画を彷彿とさせますなあ」

「本人だもの、当然でしょう」


 あまりに堂々と言うので龍牙も思わず信じそうになったのは秘密だ。


「分かったらさっさと中央街の宿まで案内してちょうだい。わたしもロウガ様も召喚の反動で疲れてるの。少し頭を使えば分かることだとは思うけれど、一応言っておくわね。急がないと怒るわよ」

「はあこれはこれは思慮が至りませんで」


 深くうなずいて背後に合図を出す。


「捕らえろ」

「なっ!?」


 ……と驚いたのはファムだけで、龍牙はおおよそのところを察してはいた。

 まあ騙せる訳はないだろうなと。


「まず第一に許可なく召喚儀式を行うのは禁止されている」


 部下の鮮やかな捕縛の手際を眺めながらラウガは淡々と述べ始めた。


「次にこの墓所への立ち入りにも許可がいる」

「緊急事態よ! 仕方ないでしょう!」

「そして最後に」


 ファムの言葉を無視して続けた。


「こいつが本当にかの英雄だと信じる根拠がない」

「墓所で巫女が召喚を行って、それで英雄が現れない理由があるっていうの!?」

「理由がなくてもあり得るんじゃないか? 召喚者がヘボならなおさらな」


 思わずうなずきそうになった龍牙をものすごい目でファムが睨んだ。拘束されているところでなかったらかみつかれていたかもしれない。


「あとはまあ召喚の現場を見ていない以上替え玉を立てているなんてことも十分あり得る。それに何にしろこんなに簡単に拘束できてしまうひ弱は英雄とは思えない。思いたくもない。以上が捕縛の理由だ。何か反論は?」

「死ねクソ野郎!」

「ないようなので連れていけ」


 まあ確かにそうなるよな。妙にさっぱりとした気分で龍牙はうなずいた。あんななりすましなんて、上手く行く道理がない。むしろ早めに終わって良かったのかもしれない。

 後はどうなるか分からないが、とりあえずわき腹をつねられることはなくなるだろう。


 ひっ立てられて扉の外へ。

 どうやらこの墓所とやらは地下にあったようだ。石段を登り切ると夜の空の下だった。

 深呼吸。緑と湿り気のにおいがする。よく見ると周りは木々が生い茂って森のようになっていた。曇っているのか視界は悪い。その暗闇の中を石畳の道が続いている。


「ほら、歩け」


 背を押されて足を踏み出す。夜の森は何も聞こえない。虫の声すら獣の足音すらも。

 風の音がかすかにするだけ。

 規則的に木の葉を打ち、ばさっ、ばさっと空気を打ち……


(空気を打ち?)


 疑問がゆっくりと形になっていく……その前に。体は即座に動いていた。隣のファムに体当たりして地面に転がる。

 直後に轟音が響き閃光が瞬いた。

 鼓膜が大きく震える。


(な、なんだ!?)


 その疑問に答えたわけではなかったろうが、すぐに声がした。


「ドラゴン! 数は一、低空!」


 舌打ちもかろうじて聞こえた。

 ラウガが毒づいている。


「なんでこんなに近い……見張り役はなにをやっていた!」


 恐ろしいほどほんのすぐ上で羽ばたきの音がする。龍牙は心底怯えてしまっていたが、それでも何とか顔を上げた。

 宙に浮く黒い巨影、紅く燃える瞳。


 その化け物と確かに目があった気がした。

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