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英雄復活(偽)

「起きて。目を覚ましてください」


 揺すられている。ゆっくりと。ハンモックのように優しく。

 下になっている頬は死ぬほど冷たいが、総合的に見て寝心地はそう悪くない。


「起きて。起きて」

「あと、五分……」

「……」

「ごふん……」


 龍牙が朦朧とつぶやくと声は止まった。

 ほっとして丸まる。知らずにこぼれていたよだれを拭って意識をぬるま湯のようなまどろみに浸した。これでまたもう少し眠れる。

 と。


「起きろっつってんでしょうが!」

「ぶぐぅ!?」


 世界が回転して、落下した。

 いや、落下したのは龍牙自身だ。固い床に叩きつけられて悲鳴を上げた。


「い、ったぁ……」


 震えながら体を起こすと、周りは薄暗闇の……どこか屋内。だが空気はひんやりと湿っぽく、床についた手からは冷たく無機質な手触りが伝わってくる。

 どうやら石で造られた蔵のような建造物の中にいるらしい。


「ここは……?」


 見覚えのない場所だ。どうしてこんなところにいるのか分からない。

 いや……そもそも記憶が少し欠落している?

 意識を失う前、自分がどこで何をしていたか思い出せなかった。


 学生服姿だが他に持ち物はなし。手がかりになるようなものは何もない。

 だが必死に記憶を探ると鼓膜を破るほどの甲高く大きな音と、迫ってくる巨大な影が脳裏によみがえる。音には聞き覚えがあるしシルエットにも見覚えがあった。

 ぞっと身震いする。

 自分はトラックに轢かれた?


 だがそれなら何かがおかしいとも気づく。轢かれたのならなぜ怪我もなくしかも病院でもないこんなところで意識を失っていたのだ?


「俺は一体……」


 冷たい汗が体を冷やした。

 と、その時。


「そろそろ――」


 ガッと頭をわしづかみにされて。グキッと強制的に視界が移動する(首痛い)。その先では少女が凶悪な笑みを浮かべていた。


「こっちにも気づくべきだと思うのよねわたし」


 ちょうど死角に入っていたので分からなかった。

 年齢は恐らく龍牙と同じくらいか。黒の長髪、目の光が強く、顔立ちははっきりと整っている。

 白地に金の刺繍が施されている薄布で作られた礼装のような格好で、その趣は神官かあるいは巫女といったところだ。

 横には小さな鬼火が浮かび、それが明かりになっているらしい。

 突然の少女の出現に(あと首の痛みに)言葉を失っていると、彼女は手を放して優雅に礼をした。


「お目覚めになりましたね猛剣の英雄ロウガ様、顔色もよく何よりです。わたくしはこの光翼国の巫女集団『風切羽』が一人、名をファムと申します。以後お見知りおきを」

「あ、うん」


 立ち上がりながら反射的にうなずくと、ファムと名乗った少女は怪訝そうな顔をした。

 しかしそれもすぐにひっこめて先を続ける。


「あなた様を呼び起こしたのは他でもありません。あなた様が二百年前に封印してくださったかの化け物の封印が解け、この地に再び災厄が訪れようとしているのです。どうかあなた様の剣でもってわたくしどもをあの時と同じようにお救いください。どうか」


 深く頭を下げる彼女に、しかし何も言葉を返すことができない。

 沈黙が長引いている内にしびれを切らしたファムが顔を上げた。


「駄目?」

「いや、駄目っていうか」

「わたしが呼んだから駄目?」

「じゃなくて」

「呼ぶときやましい心があったから?」

「それは駄目かもしれないけど」


 詰め寄ってきていた彼女からさらに距離を取って龍牙は大きく首を振った。


「いやいやちょっと待ってよ。誰が英雄だって? 少なくとも俺じゃないよね? だって俺は普通の高校生だし」

「え?」


 訳の分からないことを聞いたような顔でファムがフリーズする。


「いやホントホント。普通も普通。まあ人より少し多めにパシらされてるけど……」

「ええとつまり」


 ファムは慎重に言葉を選んでいるように見えた。


「あんたは、英雄じゃないってこと?」

「うん。まあ」

「一応聞くけど名前は?」

「龍牙。剣崎リュウガ」

「惜しいわね」

「なにが!?」


 意味が分からず叫ぶと彼女はイライラと爪を噛み始めた。


「英雄ロウガと一文字違いなのよ。一文字違いで人違いとか笑えないダジャレよ。ねえ本当に英雄じゃないの? 何かの間違いじゃなくて?」

「いや……っていうか、ここはどこなの?」

「大英雄の墓所よ。国の北の方の……」

「あ、その、そうじゃなくて……日本っていう国は、そのぅ」

「どこよそこ」

「あ、そうっすか……」


 がっくりと肩を落とす。

 なにやら妙なことに巻き込まれたらしい。トラックに轢かれたせいで。ひいてはパシらされたせいで。

 こんなことなら殴り合ってでも断るべきだった。

 ため息をつく。

 それと同時。


「あーもー嘘でしょ!?」


 見るとファムが頭を抱えて叫んでいた。


「どーゆーことよ! せっかく苦労して召喚儀式にこぎつけたのに! あんな手こんな手できること全てをつぎ込んだのに! 出てきたのがハズレって何なのよ! 当たりしかないクジだったんじゃないのコレ!?」

「あ、あの落ち着いて」


 さすがに心配になって声をかける。


「せっかく英雄召喚してわたしを馬鹿にした本当の馬鹿どもを見返してやろうと思ったのに! 尊敬されてウハウハのはずだったのに! これじゃあ呼び損よ! 体力の無駄よ! あーやだもう動きたくなーい」

「……」


 ちょっと慰めようという心がくじけかけたが。


「ま、まあまあそんなに落ち込まないで。成功するまで何度でも試せばいいじゃない」

「簡単に言わないでくれる!?」


 ガッと締められて息を詰まらせた。


「人一人の召喚コストがどれくらいか分からないで言ってるでしょあんた! 本当なら英雄の召喚なんて死んでてもおかしくなかったんだからね!」


 知らねえよそんなこと!

 言わないで済んだのはいまだ喉元を締められていたからだ。


「はぁぁ……」


 唐突に脱力してファムがへたり込む。


「だ、大丈夫?」


 手を差し出した。が。

 その手にはいつの間にか、一振りの剣が収まっていた。


「え?」


 二人そろって間抜けな声を上げる。


「何だこれ」

「大英雄の剣……」


 ファムのつぶやき。


「大英雄が化け物たちを倒して封印した滅魔の剣よ。あなた何でそれを持ってるの

?」

「何でって」


 分からない。


「いえ、その前にどうしてそれを持てるの?」

「質問の意味が分からないけど……持てるものは持てるとしか」


 ファムはふうむと手を顎に当てた。


「伝説では英雄の剣は山を裂き地をえぐり新たに海を作るほどと言われているわ」

「いやできないと思う」

「そうよね……でも保持はできてる」


 さらに何か考え込んだらしい。置いてけぼりになった龍牙は鞘に納められたそれを抜剣しようとしてみたり、軽く振ったりしてみた。

 思ったよりはずっと重い。だが抜けない以外は何の変哲もない、パッと見は正直なところただの重そうな棒だ。


「ねえあんた、ちょっと英雄になってみる気ない?」

「え?」


 その言葉は今までで一番唐突で、一番反応が難しかった。


「だから、英雄になるのよ。剣も持ってるし名前もおあつらえ向きに一文字しか違わない。こんな偶然ってある? ないわよね!?」


 一人で興奮し始めるファムを眺めながら龍牙はぽつりとつぶやいた。


「それって俺に、なりすましをしろってこと?」

「そういう言い方もあるわね」


 真顔でファムはうなずく。

 そしてこちらの内心を読み取ったようにすぐに畳みかけてきた。


「大丈夫だって、どうせわかりゃしないわよ! 二百年よ!? 本物見たことある奴なんてとっくにくたばりきってるんだから!」

「いやいやそんなんでなんとかなるわけないでしょ! すぐバレて終わりだよ!」

「あんた英雄になりたくないの? みんなにすごいすごいと崇められるのよ尊敬されるのよ?」

「で、君はその大英雄を召喚した偉大な巫女様として注目を集めるわけ?」

「お願いよ! あんたが引き受けてくれないと、わたし勝手に召喚儀式を行った罰を受けなきゃいけなくなるの! 最悪死刑! そんなの嫌。わたしを助けると思って、お願い。本当に!」

「っ……」


 龍牙は。

 こういった哀願に弱い。わずかに言葉に詰まってしまった。

 そして、相手もその隙を見逃すことはしなかった。


「ありがとう!」

「い、いや俺はまだ……!」

「いやー本当に引き受けてくれるなんて思わなかったわ。助かっちゃったあ」

「話を聞いて……」

「じゃあまずは第一歩として!」


 ことごとくこちらを無視しきってみせた彼女は、びしりと背後を指さした。


「あいつらをまるっと言いくるめるわよ!」


 彼女の指が示す先。

 この石室の入り口が、重い音を立てて開いた。

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