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情報収集

「ずいぶんと適当ふかしてくれたわね!」


 いつもの宿の一室で、山になった紙束の向こうからファムが怒声を上げた。

 体の半分以上が埋もれかけて頭がかろうじて見えるかどうかといった状態だ。

 彼女は机にかじりついて、鬼の勢いで紙面の文章を読み漁っていた。


「おかげでわたしってばめちゃフル回転! あーもーっ!」

「いや悪いとは思うけどさ。ああ言う以外にどうもできなかったよ」

「あるでしょなんか! とりあえずあれよりはもっとマシなやつが!」

「どんな?」

「知らない!」


 ため息をついて龍牙は壁に寄りかかった。

 この三日間何度となく繰り返したやり取りだ。いまさらもめ直しても意味はない。

 それよりももっとやらなければならないことは他にある。手元の自作メモに目を戻した。


 ラウガへの直談判を終えたあの日から、龍牙たちはそれぞれの方法で泥神の討伐方法を探っていた。

 ファムは以前王から得た地位を利用しての『風切羽』記録庫保管の情報漁り(記録の持ち出しは禁止されているのでこっそりまるごと書き写しを作ったとかなんとか)。そして龍牙は街に出ての情報集め。


 それでファムは紙に埋もれ龍牙は足がパンパンで今一休みなわけだが。

 今のところ全くと言っていいほど泥神討伐の手がかりは集まっていなかった。


「きぃぃぃぃぃぃっ全然ないわよ泥神記録が! 黄金マダラマイマイとかそんなキショヌル生物の生態なんて知りたくなーい!」


 紙束の一つがこちらに飛んでくる。

 拾い上げるとやたらとグロいカタツムリ的な生物が描かれていた。


「うわあ……」

「あんたも手伝ってよ!」

「無理だよ読めないし」

「根性で読みなさい!」

「んな無茶な」


 実際無茶だ。文字が読めないのだ。

 話し言葉は一緒なこの世界は、書き言葉まで一緒ではなかった。


「おまけにこれ古代語も混じってるんでしょ? 読めるわけないってば」

「だったら黙っててようるさいわね!」

「君から言ったんじゃないか……」


 小声で愚痴ってから話題を変える。


「あと何日もつと思う?」


 ぴたりとファムが動きを止めた。


「……そう長くはないと思うわ。もってあと四日」


 ラウガへの策の提示期限だ。

 もちろんはっきりと時間制限を設けられたわけではない。

 だがラウガはすでに龍牙たちが泥神を討伐すると国中に公表し終えており、国民たちはそれを心待ちにしていた。

 あまり長引かせればそれだけ不信感は募っていく。

 残された時間はそう多くはなかった。


「あと一週間もない、か……」


 龍牙はため息をついて立ち上がった。

 再び読み取り鬼マシーンと化したファムの背中に告げる。


「もう一度出てくる」

「いってらっしゃい!」


 がーっと紙が乱舞する中彼女はちらりとこちらを振り返った。


「……気を付けてね!」

「うん。ありがと」


 苦笑してフードを被った。






◇◆◇






「さて……」


 宿の裏から大通りに出て龍牙はつぶやいた。

 次はどういう角度から切り込むか。


 使用人攻略用の酒を手に入れたときのような手当たり次第の情報収集はすでに空振りに終わっていた。

 聞き込みにしろ噂話を拾うにしろ国の外の怪物について詳しく知っている者などそうそうはいないということだろう。

 ならば今度はポイントを絞った情報集めを行わなければならない。


「うーん……」


 レアな情報を探し出して手に入れる方法。難しい。

 難しいが、龍牙が長い間やってきたことでもある。パシリとして買い出しに走らされる際、レアな代物を指定されることなどざらにあるからだ。

 そういう場合その物品を売っていそうな店を徹底的に洗い出す。

 あらゆる手段を駆使して絞り込むのが重要で、時間が限られていればなおさらだ。


 物品の種類や値段、依頼人の行動範囲からの推測、後はその口ぶりや表情と言った細かい情報まで含めての判断が必要なこともある。

 もちろん物理的に行けない距離の店は最初に除外だ。

 つまりはこの要領なのだが。


「……まあ順当に商人の護衛役のところからかな」


 特に面白味のない結論を下して龍牙は歩き出した。

 それからいくつかの商館や護衛隊の詰め所を巡って数刻。

 再び大通りに戻って龍牙はため息をついた。


「やっぱり駄目かあ……」


 メモを取り出して顔をしかめる。


「泥神の目撃範囲だけでもと思ったんだけどな」


 ほとんどの場所では門前払いを食らって聞き込みすらできなかった。

 そうでない場所では泥神の恐ろしさについて聞けた。ただ、あれはヤバイとか超ヤバイとか大雑把な内容でいまいち役立てられそうにはなかった。


「うーん……まいったな」


 首を撫でる。

 思った以上に収穫がなかった。

 一番泥神に接しているだろう商隊護衛の人間たちでさえこれなのだから、他を当たっても無駄足になる可能性は高いだろう。

 手詰まりだった。


(……いや、そうでもない、か?)


 聞き込みをした先の一人が気になることを言ってはいたのだ。


「山の奴らなら詳しいだろうよ」

「山の奴ら?」


 頬に大きな傷のあるその老人は、その時詰め所の脇で小さなナイフを研いでいた。


「ああ。山に住んでいる。あとは森。荒野。住めるところならどこにでも。国で生きることを許されないはみ出し者たちさ」

「その人たちが泥神について知ってるんですか?」

「そりゃお前身の回りのことには誰だって詳しいもんだろう」


 研ぐ手を止めないまま片目だけをこちらに向ける。


「情報が欲しけりゃ奴らに訊け。俺たちに訊くよりよっぽどいい」

「どこにいるんです?」

「知らないな。知っていたら騎士隊に教える」

「? なぜです?」

「奴らはこの国の敵だからだ」


 ナイフで首を掻き切る仕草と共に老人はにやりと笑みをこぼした。

 大通りを歩きながら龍牙は考える。


「その人たちとコンタクトが取れるなら心強いんだけどな……」


 山や森にいるというその人々と出会う方法。

 やはり国の外に出て探すしかないのだろうか。

 なかなかの骨折りになりそうな上に時間制限的に無理があるように思える。

 それに運よく出会えたところで協力を取り付けられるかどうかもわからない。


「どうしたもんかなー」


 ガシガシと頭を掻いた――その時だった。


「ごめん、ちょっとそこどいて!」

「うわ!?」


 こちらを押しのけるようにして少女が走り抜けていった。

 転びそうになるがなんとか踏みとどまる。

 振り向いた視線の先で、背の低い背中はすぐに人の流れの中に消えた。


「な、なんだ?」


 不意打ちに心拍数を上げたまま龍牙はうめいた。

 一旦静まった喧噪が戻ってくる。

 突き飛ばされた際に落ちてしまったメモを拾い上げてもう一度少女が走り去った方を見やった。


 何か急ぎの用だったのだろうか。

 首を傾げながらメモを懐にしまおうとして。

 龍牙はそこにもう何かが入っていることに気づいた。


「……?」


 取り出すと紙が一枚。

 やはり読めないがピンとくるものがあって道の向こうへと顔を向けた。

 少女の姿はない。

 しかし彼女がこちらの懐に滑り込ませていったのは、疑いようのないことだった。

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