英雄
どこで道を誤った、ということをファムは考える。
晩餐会で調子に乗ったあの時というのがまあ一番無難な解答だろうとは思う。
だが元をたどれば生家を飛び出したあの時ということもできそうだし、さらにさかのぼればあの家に生まれ落ちて産声を上げた瞬間からして間違えていたような気もしないでもない。
(何もかんもまちがいばっかりか……)
気分ははてしなく沈み込む。
兄たちのようになんでもできるわけでもなく妹のように誰からも好かれる才能もなくむしろ嫌われ、逃げ込んだ先でも何も為すこともなく死んでいく。
なんのための人生だったのだろうと思った。
ただ、認めてもらいたかっただけだった。
お前も自慢の娘だと言ってもらいたかっただけだった。
父は自分の死を知ったら何を思うだろう。
きっと悲しみは感じないはずだ。
唾でも吐いてくれればいい。半ば本気でそう願った。
嫌われるなら最後まで嫌われていた方がマシだろう。
「ファムよ」
王の声に顔を上げる。
王座に埋まる肉の塊。醜い醜いと思っていた光景だが、これで見納めと思えば多少の感慨深さもある。
王の目を真っ直ぐ見返してファムは答えた。
「はい、何でございましょうか」
「お前にいくつか訊ねたいことがある。正直に答えよ」
「はい」
王は脇に控えるラウガに目をやってから口を開いた。
「先ほど騎士隊長が宿を訪ねたところ、ロウガ殿の姿がなかったようだ。不思議なことに」
「ええ」
正確には朝になって宿の周りを兵で取り囲まれた。
恐らくはリュウガが逃げ出すことを予測していてのことなのだろう。
空になった部屋を見たラウガに驚いた様子はなかった。
ならばここからどうなるかも、すでに決まっていた。
「そこでお前に訊く。ロウガ殿はどこに行かれたのだ?」
「……」
「まさかどこかへお出かけになったのか? 我らの依頼を受けておきながら?」
「……」
「どうした。答えよ」
ここからの流れは分かっている。
頭の中で何回も練習した。
言うことも訴えかけ方も間の取り方も十全に整えた。
謝罪して嘆願して説き伏せる。
大丈夫だ、できる。できるはずなのに。
足が震えて仕方ない。
「ロウガ……ロウガ様、は」
心臓がうるさいほど大きく鳴っている。
喉がひりついてめまいがする。
声が、続きの言葉が出てこない。
助けて、と頭の中で誰かが叫んだ。死にたくない。
まだ生きていたいよ。
(うるさい、黙れ!)
奥歯をかみしめる。
自分は約束したのだ、本当に危ないときは何とかすると。
こんな約束も守れないなら、本当に生まれた意味がないじゃないか。
「王よ」
震える膝と、それから額を床につける。
「誠に申し訳ありませんでした」
息をつく音が聞こえた。王か、ラウガか。どちらでも意味のないことだが。
一度始めてしまえば続く言葉は滑らかに口から出てきた。
「わたしは思い上がっておりました。そして功を焦っておりました。なんとしてでも手柄を立てて上へ行こうと急いでおりました」
「お前は勝手に召喚儀式を行った」
「はい。それによって英雄を呼び寄せることに成功しましたが……いえ」
次の言葉を言えば本当に終わりだ。
くせ毛の少年のことを思い出す。
慌てた顔がそういえば少し可愛かったなと思う。
もう会うこともないのが、自分でも意外なほど残念だった。
「わたしは偽りを申しておりました。わたしが召喚いたしましたのは――」
その時足音が聞こえた。
人が言い争う声もだ。
近づいてくる。
思わず振り返った先で、入り口の扉が勢いよく開いた。
「失礼つかまつる!」
くすんだ茶のジャケットにえんじ色のコート、灰色のズボンに黒いブーツ。
くせ毛のついた野暮ったい髪。
「え……」
「英雄ロウガ、ただいま戻りました!」
その少年はファムの視線の先で堂々と声を張り上げた。
リュウガが。
いや、破滅を打ち破るまごうことなき英雄が、そこにいた。
「あんたどうして……」
呆然と訊ねるこちらを無視してリュウガは王を見据えた。
「王様、遅れて申し訳ありません。昨晩の依頼の件、一人で考えたいと思い静かなところで思索にふけっておりました」
「まさか、戻られたのか……?」
王もまた戸惑ったようだが、すぐに平静を取り戻して咳払いした。
「ロウガ殿、いきなりいなくなられたので慌てましたぞ」
「誠に申し訳ありません」
「して……その、思索とは一体どのような?」
「やはりわたしには無理、ということをです」
「ぬ……?」
訝しげに眉根を寄せた王に、リュウガは続ける。
「ですので騎士隊長殿の力をお貸し願えないでしょうか」
「なに……?」
ファムはどこか現実味を感じられないままラウガを振り返った。
無表情の騎士隊長は、それでも何かしら意表を突かれた様子のようだった。




