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解散

 宿に戻る道中、ファムが妙に静かだった。

 思いつめたようにうつむく彼女に気圧されて、龍牙も声をかけるのをためらった。

 が、さすがに何も訊かないまま胸騒ぎをおさめる方法も分からなかったので、宿についたところで結局は訊ねた。


「あの、泥神デイジンってなに?」


 ファムがこちらを睨む。


「な、なんだよ?」

「……」


 しばらくきつい目を向けてきだが、しばらくするとため息をついて馬車を降りた。


「部屋に行きましょう。そこで話すわ」





◇◆◇





 暗い室内をファムの手から生じた光球が照らした。

 天井近くまで浮かんで光を強めたそれを見上げ、ファムはベッドに座った。

 龍牙は少し離れた椅子に腰かける。

 目で促すと彼女は少しためらってから口を開いた。


「泥神っていうのは……邪神よ」

「……邪神?」


 薄暗い部屋で、その言葉は不気味に響いた。

 ファムはうなずいて続ける。


「その名の通り泥の神。街道沿いの山にいて、道を通る人を襲うこともある」

「それは……ドラゴンよりも怖いの?」

「以前ある商隊がまるまる一つ壊滅したわ。数十人規模の腕利きたちだったらしいけど、一人残らず殺された」

「え……」

「あれは言うなれば災害よ。断じて化け物が人にちょっかいをかけるのとは違う。地震や落雷と同じ。めったに姿は現さないけど、ひとたび動けば必ずたくさんの人が死ぬ」

「ちょ、ちょっと待ってよ」


 慌てて言葉を遮った。


「俺、そんなのの討伐を頼まれたの? 嘘でしょ? できるわけないじゃんか!」

「分かってるわようっさいわね!」


 ファムが声を荒げる。それと同調するように明かりが少し揺らめいた。


「嵌められたのよ……!」


 唇をかみしめる彼女だが。龍牙はふと思い出してつぶやいた。


「……嵌められたっていうか調子に乗って安請け合いしてた気が」

「…………」


 短くはない沈黙を挟んだ後ファムはうつむいた。


「……悪かったわよ」


 聞き逃しそうな程小さな声だったが、確かにそう言った。

 らしくもないその様子に調子が狂った。


「悪かったって……今さら謝られてもなんにもならないよ。具体的にどうするのさ」

「分からない」

「そんな、無責任な」

「少なくともわたしたち二人での討伐は絶対に無理よ」

「じゃあ断るしか……」

「英雄にも無理です遠慮させてくださいって言うの? 今度こそ化けの皮をはがされてラウガに殺されるわね」

「ならどうするんだよ!」


 頭をかきむしってうなる。

 ファムはしばらくは何も言わなかった。

 そのせいで自分の焦った息遣いがよく聞こえた。

 そのまま部屋が沈黙に浸りきるかと思ったが、その前にファムは目を開いた。


「ここまでね」

「え?」


 意味がよく分からなかった。


「逃げなさい。手筈はわたしが整えるわ。だからできるだけ遠くに行くのよ。ノアをお供につけるわ。あなたの服選びを手伝ってくれた彼女よ。覚えてるわね? あの人は信頼できる。彼女と一緒に国を出るの」

「いや、ちょ、どういうこと?」

「チームは解散ってことよ」


 そっけなく言って、彼女はベッドを立った。


「呆気なかったわね、まあ結構いいとこまで行ったんじゃない?」


 龍牙は呆然として何も言えなかったが、ふと気づいて訊ねた。


「……君は一緒に来ないの?」

「あんた馬鹿? 二人とも逃げたら大問題でしょ。一人は残らないと丸く収まらない」

「だから君が残る?」

「そう言ってるでしょ。……ホント馬鹿なの?」

「でもそれじゃあ君がどんな目に遭うか……」

「うすうす気づいてはいたけど、あんたってお人好しよね。わたしみたいな傲慢女にまで気を使ってるようじゃ、どこまでも土足で踏み入られて損するわよ?」

「……」


 何かを言うべきなのは分かっていた。

 だが何を言えばいいかは分からなかった。

 それでもなんとか絞り出した言葉はかなり間が抜けていた。


「これで、いいの?」

「いいわきゃないでしょ」


 気楽にあくびをする彼女は、それでもどこか無理しているようだった。


「あーあ、こんなところでゲームセットなんてね。上手くやればもうちょっとくらい行けたのに」

「……」

「でも、こういう事態になった時はどうにかするって約束だったし。わたしでも約束はちゃんと守るのよ? 元気でね」

「ファム……」


 差し伸べた手を彼女はするりと避けた。

 そのまま部屋の戸を開けて出ていく。


「……わたしに本当の英雄を召喚する力があったらな」


 その言葉は、龍牙の胸に痛いほど深く突き刺さった。

 光球が光を失って、部屋に暗闇が落ちた。

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