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女王さまと居酒屋

金曜日の終業時間になり


「佐塚さん~今日は新年会しようって言ってるんだけど来ませんか~?」

蒼空ののんびりとした声が響く。


会社のそういう席に椿が行っても空気が悪くなるかと行ったことは無かったが、

「行ってもいいですよ」


「そうよね、行ってもいい...ええっ!!!」

同じ部署の先輩 安藤(あんどう) 日向子(ひなこ)が死ぬほど驚いてるのが目に入る。


そしてその他の面々も同様で

「...じ、女王さまが庶民の世界に...」

と、同期の松山(まつやま) 陽翔(はると)が絶句した。

「空耳か?空耳じゃないのか?これは現実なのか?」

課長の山本(やまもと) 一誠(いっせい)が必死で腕をつねっている。

「大雪降ってる?いや、槍が降ってもおかしくないぞ」

ぶつぶつと言ってるのは先輩の田山(たやま) (あきら)である。


「じゃあ行きましょ~」

とのんびり蒼空が言うと、

「案内してちょうだい」

椿の少しハスキーな声がその後に続いた。


歩きながら、林田さんに電話をする。

「林田さん、今日は食べて帰るから適当にあがってちょうだい」

『承知致しました。お嬢様、楽しんでいらしてください』

「お疲れさま」

通話を終えれば


「椿さん、足元に気を付けて下さい」

前を先導するのは陽翔である。その顔はなぜか嬉しそうで

「なんなの?歩けるわよ」

そう言うが、みんながなぜか頬を紅潮させている。


会社から歩いて近くの居酒屋に入った一同は、椿を上座に座らせ両サイドに蒼空と一誠が座る。


座卓が並び、奥の方に区切られた大きな座敷がある店で

「椿さん、こちらがお飲み物です」

一誠がにこやかに説明をしてくる。


椿にはこういう席の作法があまりわからない。


「こういう店ではみんな何を飲むの?」


「一杯目はみんな生かな」

にこにこと蒼空が言う。

「それでいいわ」


「なま...生を椿さんが...」

「ジョッキ?ジョッキで飲むの?ワイングラスじゃなくて?」


そして...並んだその“生”の“ジョッキ”というのに少しばかり静かに驚いた。

(ジョッキっていうのは、こんなに多いの?そしてこんなのをぐいぐい飲んじゃうの?)

「...重い...」

椿の手にずっしりときてつぶやいた。


「「「ことよろ~!」」」

とみんなが一斉に乾杯をした。

隣の蒼空は唯一、烏龍茶を頼んでいた。


「飲まないんですか?」

「僕はアルコールアレルギーなんです」

にこっと微笑む。

(そらたん...やっぱり可愛い)

「そうなんですか、それは大変ですね」


皆が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるので、椿の前には様々な料理の載った小皿が並んでゆく。

「お、お口に合いますかっ!?」

一誠が緊張しつつ話しかけてきて、

「美味しく頂いてます」


「さ、左様でごじゃるか!」

危うく泣きそうな一誠を横目に、時おり蒼空を盗み見したりしながら、はじめての居酒屋を体験したのだった。


「これは、なんですか?」

「山芋短冊ですよ」

にこっと蒼空が答えてくれる。


「椿さんは車通勤ですよね?帰りはタクシーを使いますか?」

日向子が向かいから聞いてくる。

「代行を頼みますから」


「それなら僕が運転しますよ~」

「主任が?」


(そらたんの、運転する車に乗れる?乗れるの?)


「そこから主任はどうするんですか?」

椿が聞けば

「僕は歩きますよ~。佐塚さんの家から近いですから」

「近いのですか...」


(近いの?そうなの?)


「そう、歩いてすぐだよ?」

にこっと微笑まれてドキンとしてしまう。

「では送らせてあげてもいいです」


程よくみんなが酔っ払った所で、二次会に行くということになり

「佐塚さんは行きますか~?」

「そろそろ帰ります、行かれるなら代行を呼びますからどうぞ」


「じゃあ僕は送ってくるから皆はまだまだ楽しんできて」

「「「 はーい!椿さんを主任お願いします!! 」」」


一斉にお見送りをされて、周囲の人が何事かと見ているが椿を見れば納得してしまう風だった。


「お疲れさまでした」

さほど酔ってもいないので足取りはいつも通りだ。


「行きますよ」

会社の駐車場に向かい、白い高級セダンのドアを開ける。


「安全運転するから、大丈夫です」

にこにこしてる蒼空が、運転席にそして椿は助手席に乗り込んだ。


安全運転宣言した彼らしく、静かに滑るように動き出す。

「今日も断られると思ってたから、みんな喜んでましたね」


男の人なのに、ゴツゴツしてなくてしなやかな指と掌がハンドルを握っていて、髭が生えるのかと疑わしい滑らかな頬や顎のライン。つい、二人きりだと言うことに眺めすぎてしまったかも知れない。


「私が行っても、楽しくないでしょう」

「そんな事ないです。僕は嬉しかったです」


『僕は』と言われて思わず心が浮き立ってしまう。

ハンドルを握るその手には腕時計が着けてあるだけ。ペアリングも何も嵌められてはいない。


「あのタワーマンションですよね!」

蒼空が正確に椿の住まいを知っていたことに少し驚きつつ、


「ええ」


マンションの前で、

「えーと、リモコンキーかな?」

と手を伸ばした手が、たまたま見つけて伸ばしてきた蒼空の手と偶然触れあってしまう。


ピクリと反応して思わず引いてしまう。


ゲートが開いて機械の中に車を入れて


「お疲れさまでした、主任」

「送らせてくれてありがとうね」

にこっと蒼空がまた機嫌よく微笑むと、マンションを背に歩いてゆく。


(送って、もらってしまった...)


「ふわたん!ふわたん!ふわたん~!」

トランクを開けて取りだした椿は、興奮ぎみにふわたんを取りだした。


「車で二人きりだったのよ。二人きりだったのよ、二人きりだったのよー!」

ふわたんはふわふわでにこにこで、蒼空と似ている。


「どうしよう、私の車を運転したの、いつも座ってるシートに座ってハンドルを...!ハンドルを...ハンドルを、触った...」

ふわたんを前にして、床に座り込めば


「事故起こすかも、ハンドル握るたびにここを...そらたんが触れたかと思うと...」

ゴロゴロと転がってしまい、

「シート...そらたんが座ったシートに、私のお尻をくっつけるの?あ~だめ。くっつけられるの?」


(これではまるで、変○じゃない)


蒼空の笑顔だとか手だとか、そんな些細な事で椿の興奮度は高まってしまう。


佐塚 椿...25歳 女王さまとして生きてきた彼女は、まだ男性と付き合ったことは無かった...。



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