女王さまとふわふわふわたん
たくさんの作品の中からアクセスしてくださりありがとうございます!
ボクのなまえは〈ふわたん〉。
ごしゅじんのつばきちゃんがつけてくれたんだよ!
つばきちゃんがまだ4さいのときに、でかけさきでおねだりしてかってもらったボクは、ふわふわのぬいぐるみだったんだけど、
いまはなんどもあらったから少しふわふわはなくなってきちゃったんだ。
つばきちゃんはボクのことがとーってもだいすきなんだ!
でもねさいきんは、ボクよりもすきなひとができたみたいなんだ!ボク...どうなるのかなぁ...。
・♪・♪・♪・♪・
佐塚 椿はこの世に生を受けたときから、何もかもが恵まれていた。
父は大企業の佐塚建設の社長で、母は元モデル。
そのお陰で、家はお金持ちだし見た目は、子供の頃から愛らしく美しさは際だっていたし、
成長した椿は、ナチュラルな黒髪をワンレンロングにしていて、ハート形の顔は小さく、くっきりとした黒目の大きな二重の瞳とそして、薔薇色のぷっくりとした唇。それに、172㎝の長身と、細い肩に豊かな胸とそしてくびれたウエスト、長い手足。
モデル並みの外見に成長していた。
椿は次第に、人を寄せ付けまいとするあまり無意識の鎧を手に入れた。
それが...人から言わせれば“女王さま“で、幼馴染みの貴哉からは“マングース”と呼ばれる椿。
椿の出勤は国産高級セダンに乗り、そして会社の中にある専用駐車場に停める。
一社員という立ち場ではあるけれど、やはり社長令嬢という肩書ははこういう特例も必要であった。
他の会社に勤めるべきだったか...。
けれど椿は一人娘であったし、父の事も好きだし、なによりも建築に興味があったのだ。桐王大学 建築科を卒業し迷わずに佐塚建設に入った。一社員として入ったのは父の意向であったが、社長令嬢として知られていてはどちらも...やりにくい。
「おはようございます 椿さん」
「おはよう」
上役や年上や...関係なく、皆が『椿さん』と呼びどこか恐れている。それは社長の娘だからという要因よりも椿の雰囲気そのものをだった。
カツカツとヒールの音をさせながら会社のあるビルを歩きエレベーターに乗り込む。
ブラウスにスカートそれにジャケットというありがちなお仕事スタイルだけど、椿が着ればどんなものでもさまになる。
一緒にエレベーターに乗り込んだ男性社員は椿を少し見上げた。
「おはよう佐塚さん」
ニコッと微笑むのは、主任の市原 蒼空30歳。
「おはようございます主任」
蒼空だけは、入社時からずっと他の人と隔てなく『佐塚さん』と呼ぶ。そして...、彼は童顔で可愛らしい顔の上に椿よりも少し小柄で、茶色のふわふわした癖っ毛の髪、瞳も薄い茶色で、色素が薄くて全体的に柔らかな雰囲気だ。
設計部に属する椿の席から、少し視線をやればそこに蒼空の席があった。
席についてすぐに与えられた仕事をするべくパソコンを立ち上げ、着々とこなしてゆく。
期限の決められた仕事が多いのでぼんやりと出来る仕事でもなく、そして一級建築士をとるべく勉強もしなくてはならず椿は忙しかった。
「佐塚さん~出来ましたか~?」
ひょこっとパソコンを見に来る蒼空。
「あともう少しです」
「さすが佐塚さんは早いですね」
ほんわりと微笑む蒼空は可愛らしくとても30歳には見えない。
ちらりと椿は蒼空を見たけれど、きっと可愛いげの一つもない顔なんだろうなと、椿は思う。
長年かけて作り上げてきた“佐塚 椿“という人格はすでに強固でそれは紛れもなく作り物ではなくて真実に等しいのだ。
そっと睫毛を伏せて返事はしない。無言でキーボードとマウスを操作する。
その様子を見守るように背後にいるので
「後ろに立たれると蹴りたくなります」
視線もやらずに言い放つと
「あ~ほんと?」
やんわりとした声は少しも気を悪くした風でもない。
「でも、僕も一応、上司なので進み具合もときどき見たいんです」
振り向かなくても、蒼空が笑顔だというのはわかる。
「離れてください」
その言葉ももろともせずに、
「ご、ごめんね」
軽くそう言って離れていく。
その日、休憩室に向かった所で
「椿さんって、やっぱり女王さまちっくだよね」
「でも、あれだけ外見が完成度高いとそれも許されちゃうよね」
自分の噂だと思うと、ピクリと反応してしまった。
「なんでもお似合いの御曹子の婚約者がいるらしいよ?」
そこまで聞いて、椿は扉を開けて中に入る。
つかつかと歩けば、気まずそうな女子社員の二人。
「あ、あの椿さん...私たちその...」
「いないわよ。御曹子の婚約者なんて」
(確かにめんどくさくて、幼馴染みの貴哉と結婚すると宣言はしてたけど、本当にする気なんてないんだから)
「...えっ...」
戸惑う彼女らを横目に、コーヒーを淹れてふぅと少し冷まして飲む。実はブラックではなくてミルク多目。
どうして、貴哉の事を否定したかといえば...。理由は、ある。
「そ、そうなんだぁ...つ、椿さん。綺麗だしてっきりそうかと思って」
「そ、そうなの、ごめんなさい~」
そそくさと出ていく彼女らを見送って、椿は椅子に座った。
(ほどほどに、広めてくれないかな)
幼馴染みの紺野 貴哉は、眉目秀麗 容姿端麗 頭脳明晰 などそんな美辞麗句が何でも合うというパーフェクトな男なのだが、その性格はとても、とても難がある。椿と同様に
彼と椿はとても似通っていて、お互いに嫌いあってはいたが『とりあえずこいつと結婚すると言っておけば、面倒は避けられるか』という一点のみで高校辺りだったか『私は貴哉と結婚するから』と宣言してしまっていて
そのつもりで親たちは納得していた。
何せ見た目とその立場だけなら二人はぴったりお似合いだったから。
しかし、すでに冗談でした~と、軽く言えるお年頃では無くなってきているから、そろそろ潮時。白紙にするべく否定していってもいいかなと思うのだ。
「...まず」
ほぼインスタントのコーヒーはあまり美味しくない。
(そらたん...今日も可愛いな...)
入社時に椿は蒼空を見たときに、こんな男の人がいるのかとまずは驚き、そして他の人と違って分け隔てなく接してくれる彼に...惚れてしまった、のだ。
そしてそして、椿が幼い頃からずっとずっと大切にしているぬいぐるみの“ふわたん”に雰囲気だけど似かよってる。
だからつい、心では“そらたん”と呼んでしまうのだ...。
だから、そんな婚約者とかそんな相手がいるなんて思われたくないのだった。
(そらたんをきゅうって、出来たら...)
人知れずそんな事を思ってしまうのだった。