第二章・再来①
翌日。
暑さと共に輝きを主張する太陽に場が照らされる中、拓海は一人、待ち合わせ場所の少し離れたところにあるみつるぎ第一公園にいた。
ベンチに座り、時計を確認する。時間は待ち合わせよりも一時間早く、九時。
こんなに早く家を出たのは楽しみにしていたとか、緊張しているとかではない。外でゆっくり一人で考えたかったからだ。
片足を上げ、従騎士・瑠璃の治癒によって跡すら残っていない短剣で刺された場所に触れる。
今日起きたすぐ、楓からの心話からで、生存しているのは分かっている。
連絡が来たとき、それまで自分のせいで死地へ送り込んでしまったのではないかと思っていたから、そうならなくてほっと一安心。
「……くそっ」
だが同時に、楓達が来なければやられていたという事実に、自分の不甲斐なさに、悪態を吐く。
(助けるのが仕事のヒーローが、なんて体たらくだ……ッ)
楓からの報告によれば、奴はまだどこかにいる。
楓が強いのは分かっている。その楓が見逃した時点であれは別格だ、しかも確実にまだ何か隠しているだろう。
常盤曲がりで蹴った時に身体強化が〝消えた〟理由も、アレが原因だということ以外未だ不明だ。
そんな得体の知れないものが潜んでいる事に内心怯えている自分が嫌になる。まるで、あの頃……仲介くんだった頃みたいじゃないか、と。
逆戻りなんて嫌だ。そしたら誰が真里華の傍にいる? 得体の知れない誰かになんて任せられない。
(ならばどうすればいい……?)
決まっている。俺はまだ創喚者でいられている、生きている。だから、
「強くならなきゃ。次またアレと遭遇した時、喰らいついていけるように」
せめて皆が、一人でも強い楓が頼ってくれるくらいには。
(……楓と言えば)
ふと、事件の事。楓が心話で言っていた事を思い出す。
ああいう情報に関しての楓は、絶対に嘘を吐かないから、信用できる。だけど、だとするならあの事件はどこの誰が引き起こしたのか。
(他の魔術師か、魔導師か。はたまた魔法使いか)
いや、流石に魔法使いはないだろう。神秘をそのまま体現するモノは、今も昔も都市伝説レベルで少ないらしいから。
というか、楓すらどうやって会得するのか分からない代物を使うモノが、こんな無意味で卑劣な真似をする筈がない。
となると……えっと…………。
「ああ、くそ! 頭が回らねぇ!」
どうしてか、さっきから靄がかかったように思考が鈍い。何を考えようとしていたのかまるで思い出せない。
正確には、思い出せるが一つ一つ思い出すのに時間がかかるということ。さっきまで考えていた事だって、此処に到着するまでにずっと思い出そうとしていたものだ。
そもそも考えるべき事は別にある筈なのだ。こんなこと、目の当たりにしないと分からない事を一々考える方が時間の無駄なのだから。
「なんだったっけなぁ……えっと、えっと……そう、そうだ! どうして、最初に被害にあった現場が少年院なのか、だった」
これは最初にニュースで聞いたときから不可解に思えた事だった。
聞いた直後は、行きすぎた正義感を燃やした馬鹿がやった事かと思ったが、すぐに何の関係もない一般住宅が標的になった事で、それはないと断言出来る。
だからどうして少年院を真っ先に狙ったのか、その後一般住宅を標的にし始めたのかが気になるところだ。
後は、後は……。
「ちっ」
今まで以上に考えが纏まらなくて、思わず舌打ちを一つ。久々に早く起きたからか、頭がふわふわしており目も少し霞んでいて、皺を作る眉間を揉む。
「兄貴ー」
どうしたものかと悩んでいると、ふと声がして俯いていた顔を海に漂わせていた思考と共に上げる。するとそこにはワンピースを着る、女の子として綺麗に着飾った時亜がいた。
「トキ? まだはや、くはないみたいだな」
スマホを取り出し、時間を確認。とっくに待ち合わせ時間の五分前になっており、どれだけぼーっと考えていたのかが分かる。
「そうだけど、なんか調子悪そうだね?」
「そうでもない。それより――なんだよ?」
立ち上がった拓海に、時亜は何やらふりふりと身体を動かしながら、目線を寄越してくる。
「なんだよ、じゃないでしょ? ほら、感想は」
「あぁ。似合ってるよ、馬子にも衣装って感じで」
「……ちょっと、女の子に言うような感想じゃないでしょそれ」
「別に良いだろ、お前と俺の仲じゃん」
「確かにそうだけど、デートの時は小説書くくらいの語彙力あるくせに小学生並の感想しか言えない兄貴の練習も兼ねてしっかり感想を言うようにって言ったじゃん!」
「……そうだっけ?」
まるで思い出せない。約束事くらいは記憶力に自信があったのだが、ここまで靄がかかっていると、ちょっとヤバいかもしれない。
そう悩ませていると、拓海の顔を時亜は覗き込み、心配そうにみてくる。
「今日は、やめにする?」
「あー、いや大丈夫だって。ほら、時間は限られてんだから、とっとと行くぞ」
「あっ、ちょっ、わかったから待ってよ兄貴!」
それでも仮にもヒーローになりたいと言い切った身として、このまま帰るのは忍びない。そうごり押し気味に押し退け、いつも通り繁華街へ足を運び、時亜はその背を追う。
――そんな二人を、観察する者達がいた。
***
数分の戯れの後。何もかも無茶苦茶になった町の中で、途端に手を止めたスミレがため息を一つ洩らす。
「……改めて思う。一つの事に執着するなんて、君らしくもない。手助けをするにしても、場を乱すにしても、当事者であろうとも他人事のように遠巻きに眺めているのが常だろうに」
「ヒトというのは変わるものだ。私達はそれを何度も見てきただろう。ならば同じヒトである私達だって、少しくらい変わるものさ」
「余からすれば、劇的な変化だと思うがね。――それが気に入らないのだが」
「――、モ」
「おっと、そこまで。真名を許可なく口にする事は許されないと言ったのは君だろう?」
「……そうだったね」
そう少し言葉を交わした後、スミレは翻す。
「今宵はここで失礼しよう。だが次こうして面と向かった時は余か君の意思を突き通せるまで、戦うのみ。――その時まで、あの男が生きていると良いな」
空気に溶け込むように波紋を残してその姿を消す。
ボロボロだった街中が、結界が割れると共にその痕跡が消失。いつもの喧騒が、死んだようだった街に息を吹き込む。
「……こうやって悩むのは、得意じゃないんだがね」
流れに沿って歩く人々の中で、楓は黄昏るように呟いた。
***
「まっ、とりあえずは同志の護衛も兼ねての観察をしようって言う話なんだけど……」
と、ラフなシャツとジーパンの私服を着て二人を観察していた楓は、チラリと後ろや横へ目線をよこす。
「ん、どうかした? 家達さん」
「ほら、前を向きなさい前を。その間にたっくん達が動き出して見失ったらどうするのですか」
「あららぁ……」
そう目線に言葉を返す、いつもの二人。それに加え、参戦者が三人。もはや尾行が意味を成すはずのない大所帯となってしまっていた。
呆れた楓は、思わずため息を一つ。
まぁ、苦笑するその内の一人は少しだけとはいえ昨日の当事者だ。別に不思議ではない。だが。
「君たちは、どうやって聞き及んでここにいるんだい? 上野氏、陵氏」
「少し風の噂を耳にしまして。それが拓海さんのものとなれば、例え火の中、水の中、森の中。ですよ!」
「私の騎士が何やら集まっている貴女達を目にしたって心話が来たから、混ざりに来た。ぶいぶい」
「……なるほど、理解した」
つまり一人は恐らく能力か何かで盗み聞き、一人は盗み視ていたということだろう。
まったく気づかなかったが、まぁここ数日周りに目を向ける暇もなかったし、仕方ないとしよう。
(いつの間にか楽しそうに取っ組み合い、キャットファイトを始めている赤羽氏と上野氏の事は……まぁ、観察するのも楽しそうだが、今回は放置するとして)
「それより、生徒会長どのの言う通り、同志たちも動き出したみたいだし、以降は目を離さず追うとしようか」
「分かればいいのです」
「りょーかいだよぉ」
「ん」
「「ちょっと待って(ください)!」」
予定とはだいぶ違い、和気藹々。騒がしい今日一日と、尾行が始まった。
勿論、周囲の警戒は忘れずに。
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