第一章・魔術⑥
二つの胴体が崩れ落ち、首もまもなく落ちてくる。
しかし、それは拓海と亮のものではなかった。
先ほどまで二人のものだったはずのそれは、何故かのっぺらの自動人形に早変わりしていたのだ。
何故、と思う隙もなく即座に跳躍。すると先ほどまでいたその場の後ろから、矢の如く飛来する複数のカラスの人形。
それを見て『誰か』は眉を顰めることなく、むしろ歓喜に満ちる。
「漸く来たか! 挨拶代わりの再会は既に済ませているが、祝いの杯を交わすか? 盟友よ!」
「いや、必要ないさ。それより随分とヤンチャしているようだね……盟友」
目線を向けるそこには、明日葉とミラーナと、その転移に助けられた拓海と亮。そして、黒ローブを羽織り、『誰か』とは反対に冷たい目線を送る楓の姿があった。
〈助かった、楓、明日葉。それにミラーナ〉
〈間一髪だったねぇ、もう少し遅かったら首ちょっぱだったよぉ〉
〈キヒッ! それはそれで見ていて面白そうだネ!〉
〈怖いこと言わないでくれよ……〉
二人の言葉に、亮は思わず身震いする。拓海も苦笑しながら、鳥肌が収まらない腕を擦る。
〈まぁ、無事良かったよ。それより、忠告したその日にこれとはね。運が良いんだか悪いんだか。全く、厄介なのに目をつけられたものだ〉
〈……その口ぶりからして、やっぱりあれは知り合いか?〉
拓海のその言葉に、楓は少し思想し、
〈まぁ、ね。昔のよしみというか……色んな意味で同じ穴のムジナだよ〉
「連れないな、久しぶりの再会だというのに。余としてはもっと世話話でもしたいのだが」
心話に集中していると、痺れを切らしたのか奴はそう楓に文句を洩らす。その言葉にも、楓は一切反応しない。
「……どうしたら反応をくれるのか。あぁ、もしかしてこう呼べば良いのか? なぁ、かの魔術師――」
「それ以上口にするな」
何を口走ろうとしたのか分かった楓は、矢と化したカラスを奴の足元に撃つ。反応したからか、撃ったのに嬉しそうだ。
「私の今の名前は楓だ。君とて、許可もしていないのに真名を口にする事は許さん。それでももし口にするようなら、例え君であろうと、殺すよ」
真の名を隠した者に許可なくその真名を口にする事は、魔術師・魔導師・魔法使い共通の禁忌の一つ。口走れば最後。楓が言ったように、相手が誰であろうと排除しなければならなくなる。
何故なら秘匿されたそれもまた、神秘が宿るのではないか。魔術や魔導の力の源とされるのではないかと伝わったからだ。隠す者達が、大抵それに準ずるモノ達だったからだろう。
神秘を守るためならば、たとえ家族であろうと手を汚すのを躊躇わない。それが神秘に少しでも触れる者の掟なのだ。
「それはすまなかった。真名を隠しているとは、夢にも思わなくてね。……しかし楓か。そう言えば君は花が好きなのだったね」
「それがどうした?」
「いやなに。余も習って、名を考えてみようかと思ってね。そうだな……スミレ、としよう。少し前に見て、良いと思ったからね」
「……そうか」
そう奴――スミレは笑う。拓海達に見せていたような者とは違う、混じりっ気のない純粋な笑顔。
〈……さて、同志〉
「それはさておき、これだけ大げさな挨拶をしたんだ。きっと理由があってここにいるんだろ? こっちも聞きたいことがあるが、それよりまず君の要件を聞こうじゃないか」
ふと、楓がスミレに問い掛けながら、拓海に心話を送る。
〈……なんだ〉
「では、単刀直入に言おうか。盟友、帰ろう」
「嫌だ」
スミレの要件が案の定のもので、楓は一層険しく睨み付ける。
〈今から私が奴の、スミレの意識を私のみに引き寄せる。その間に枢木氏達と一緒に転移でこの結界から脱出するんだ〉
「それは、どうして?」
「どうしても何も、私はこの地が気に入っているからさ。彼処に帰るくらいなら、君を力ずくで追い返すのも吝かではないね」
魔力により、カラスの人形や、剣を持った自動人形を生成。
カラスを矢のようにくるめて引き絞り、自動人形をマニュアルで構えを取らせる。
〈……お前はどうするんだ?〉
〈聞いてれば分かるだろう? しばらくスミレと遊んでるさ。安心するといい。そう言っても準備は整ってないから、隙をみてずらかるつもりさ〉
「本当に? あいつが理由じゃなく?」
「………………」
「やはりな。そうであるなら、君の言うようにもう少しヤンチャしておくべきだったな」
その言葉と共に、スミレの地面が蠢く。
アスファルトは波のように揺れ、時折水のようにちゃぷん、と跳ねる。
〈でも、俺は…………!〉
〈君の言いたいことは分かるし、気持ちは嬉しいよ。でも、こればっかりは譲れない。ここから先は私、魔術師・楓の問題だ。君であろうと――いや、君だからこそ、これ以上踏み入れる事は許さない。……大丈夫さ。だから君は明日の事を考えていれば良い〉
「……なるほど。それで私の疑問も消えたよ。理由がどうであれ、彼を殺すのは私が許さない」
心話も言葉も、有無を言わせない圧を感じさせる物言い。
その言葉に、拓海は意志の固さをみて何も言えなくなり、スミレは目に見えてワクワクさせている。
〈あの事件の事を気にしているのなら、それにきっとスミレが犯人じゃない。なにか隠してるのは間違いないが、もし奴がそういうことをしようものなら、形跡は一切残さない〉
〈……そうか〉
〈納得したかい? なら――〉
「――ならば、どうする?」
〈行けッ!〉
「殺す」
その瞬間、アスファルトの大きな波が襲い掛かり、同時に射出されたカラス人形は波に巻き込まれ、瞬間爆発されて波は弾けて消える。
同時に四人は動き出し、拓海・亮・明日葉・ミラーナはその手をふれ合い、
「――跳ぶヨ!」
徐々に視界に移るものが、スクラッチを削るように、上書きするように変わっていく。楓からすれば既に消えている四人のいた場所に目を向け、微笑む。
その光景を最後に、拓海達は結界の外へ離脱したのだった。




